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たかが一人、されど一人

これも世代間格差か 

2017年08月16日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し

昨日はポツダム宣言受諾の日、お盆とも重なるので仏教徒が多い日本では戦没者を慰霊するにふさわしい日でもある。故に終戦記念日と呼び習わされてきた。数年前まではこの呼び名に違和感を感じなかったが、最近は段々しっくり感じなくなっている。「記念」とは思い出として残すことを言うらしいので、負けを認めた日なんかどうでもいいだろうと思っているのかもしれぬ。ひねくれた考え方であまり自慢にはならないことは十分承知の上だ。己でさえこんな風に思うのだから、昭和8年生まれの天皇陛下と昭和29年生まれの安倍首相との間で、先の大戦に関する思いが大きく異なることは容易に想像できる。何事も身をもって体験した人間と経験が全くない人間では、学習効果に雲泥の差が生じるのは已むをえまい。戦争は先の大戦以降も殆ど絶え間なく、悲惨なニュースが続いている。普通の人間は長ずるに及び、そういった報道に接すると、実体験が無くても先祖が犯してきた愚かな歴史を学び、先祖の失敗を繰り返さないよう気をつけるものだ。安倍首相は先祖の歴史、或いは近世日本史をどのように学ばれたのだろうか、学んでも実体験に乏しさに欠けるからだろうか、どうも先の大戦に言及する時、どうしても説得力に欠けるところが気になって仕方ない。昨日の戦没者慰霊式典に於いてもそうだ。陛下のお言葉と首相のそれとの違いはなんだろう。陛下のお言葉は平易で簡潔、首相は最大級の丁寧さをもって長々と言葉を連ねている。しかし並べて読むと首相のそれは空疎に感じてしまう。マスコミは、首相の言葉の中に「反省」とか「反戦への決意」が無かったと非難めかして書くが、果たしてそれがどこかに盛り込まれていたとしても、どの程度の説得力を持っただろうか。内閣改造に際する記者会見冒頭に述べた「深くお詫び申し上げます」と同じで、どうしても心に響いてこない。他人が書いた文章を口から吐きだすだけでは聞く人に訴えることは出来ないのだ。生まれた瞬間から平和が空気と同じであった世代の人に、昭和15年生まれと半端な世代の人間が、今更「その有難さを勉強して出直してこい」とも言えないし、困ったことだ。

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