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平成の虚無僧一路の日記

断食、断酒、断色。 

2011年03月18日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



「断捨離」の「断」とは、不要な物を買う心を「断ずる」。
「くれる」と云う物を「断る」。「欲しい 欲しい」の欲を
「断つ」ことか。

Aさんが亡くなった。いや亡くなっていた。「2ヶ月ほど
顔を見ない。ベルを押しても応答がない」との民生委員の
連絡で 警察が来、発見された。冬だったので、遺体は
腐乱せず、ミイラ化していた。

「戦災孤児で身寄りが無い」と云っていたらしい。交友
関係も無かったとみえ、郵便受には年賀状が2通 入った
ままだった。ということは、正月から 衰弱し、1階まで
郵便物を取りに行くこともできなかったのか。新聞も
とっていなかった。

月12万円の年金暮らし。タンスやテーブルなどの家具類は
無い。冷暖房も無い。60wの電球一つ。電気代は月にわずか
380円。カップラーメンの空容器と、食べ残したピーナッツが
あった。

この抱食の世に「食を断ち」、自らの命を「断じ」たようだ。

一休の『狂雲集』に、「宇治の庵主」の死を悼んで詠んだ
「尺八」と題する詩がある。

「宇治の庵主曽は、腸に食べ物無く、酒も無く、
 氷より冷ややかでありながら、その吹く尺八の曲は、
 たまたま天上から人の世に舞い降りた羽衣のように、
 私の心を慰めてくれる」

というような意味の詩だ。
一休の尺八の友「一路」は 「我れ食 尽きたり」と、一月間
断食して 果てた。「宇治の庵主」とは「一路」のことか。

私(一路)の末路もこうなるか。すべてを捨てきることが
できる人がうらやましい。

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