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北軽井沢 虹の街 爽やかな風
富士山の日
2011年02月23日
テーマ:テーマ無し
写真はいずれも2008年12月16日撮影
2月23日の今日が「富士山の日」である事を知っている人は少ないに違いない。富士山といえば日本最高峰の山で、知らない人はいない。昔から神のごとき存在として崇められ、山岳信仰の対象となり、芸術文化の源泉となっている。
富士山はまさに日本の心、世界の宝、ということで、その美しさを守り文化性を後世に残すため、世界遺産に登録しようという活動が活発になっている。
静岡県では、2009年に条例を制定し、2月23日(「223」を「フジミ」「フジサン」に掛けて)を「富士山の日」と定めた。
まったくの奇遇であるが、私たちは静岡県知事である川勝平太氏の家を訪問している。そして、面会し会話を交わしているのだ。私たちは、2008年の6月にこちらに来たばかりであり、しかもブログを書き始めたのが7月22日で、川勝邸を訪問したのは7月30日であった。
軽井沢にある川勝邸を訪問した時のブログ記事は、書き始めて9日目の出来事だった。
http://blogs.yahoo.co.jp/yktsp534/55341442.html
その当時、大学の学長であった川勝氏は、その後静岡県知事選挙に立候補、見事当選されたのだった。そして、「富士山の日」は、川勝氏が県知事になって制定された。
富士山は日本の象徴であると言うことには誰も異論はないと思う。川勝静岡県知事は次のように語っている。
「富士山は日本の象徴です。2月23日=「富士山の日」には、静岡県民ばかりでなく日本の多くの皆様に、霊峰・冨士を仰ぎ見て、剣ケ峰が気高く荘厳にそびえ、裾野が雄大に広がるその佇まいを心に刻み、「それぞれの富士山」すなわちそれぞれの夢・希望・目標に思いを巡らして、自立・自覚の契機としていただければと念じています。そして、その実現に向けて高い志を持って進んでくださればと願います」
昨日の記事で紹介したばかりの絹谷幸二氏が、まったく偶然だが、産経新聞のコラムに「マグマ抱く富士でありたい」を書いている。以下はその転載である。
マグマ抱く富士でありたい
長年、飽きもせず富士山を題材に絵を描いているのだが、作画中に私と冨士が自然の中に溶け合って、一心同体となったような感覚にとらわれることがよくある。
冨士は一見、不動のように思えるかもしれないが、一瞬たりとも同じ姿をしてはいない。地軸と月と太陽が作り出す大きなバランスの中、雲や霧が動き、星座や虹がかかる。
厳寒の冬、日の出後のわずかな瞬間、白雪の冨士が優美にほおを赤らめる。その威容を急いでキャンパスに止めようとするのだが、冨士はあっという間に元の姿へともどってしまう。私はその紅冨士の色彩を、その場所を包む何とも言えぬやわらかな空気を、必死で記憶に焼き付けるほかはないのだ。
冨士を眺めているときや、その姿を定着させようと筆を動かしているとき、私の頭にはいつも、あるイメージがわく。
冨士の“身体”を形づくる砂鉄や、炭酸カルシウムを含む石灰岩が、やがて河の水に溶けて海へと注ぎ、プランクトンの体内に取り込まれる。そしてそれは、サクラエビやタイの輝く赤と変わり、マグロやサザエの骨や殻となって、いつの間にか、われわれの身体に還ってくる・・・。
とりとめもない空想なのだが、そう考えてみると、眼前にある冨士と、それを描いている私は、実は同体なのではないか。つまり、日本という風土そのものが、この国で生きる一人ひとりと化して、動き、働き、勉強しているとも思えてくる。
しかしながら、最近の日本を見ていると、あの冨士と一心同体であると考えるのはおこがましいと感じるほど、なにやらほっそりとしすぎて血の気がなく、気力まで奪われて覇気もない、というありさまに思えてならないのだ。
政府与党がどのような醜態をみせようと、近隣諸国がいかに理不尽な振る舞いを見せようと、ぶすぶすとくすぶるだけで、大きく噴火してみせることはない。確かに、穏やかで規律を守ることは日本の美徳の一つではある。しかし、それが単に身を隠し、決断を避けているだけなのであれば、グローバル化した世界の中で生き残っていくことはできないだろう。相手方が大見えを切ってくるのであれば、それを受けて、こちらも歌舞伎の市川團十郎のように、目をむいて口をへの字に結んで怒りを表明しなくてはならないのだ。
冨士は、その端正な姿に忘れがちだが、実は活火山である。冨士を描いていて、その内部で煮えたぎる真っ赤なマグマの存在をひしひしと実感することがよくある。冨士のように、身体の中に熱いマグマを抱いたまま、静かに凛として存在する。それは言葉の上では成り立っても、非常に難しいことかもしれない。
それでも私は雄々しい冨士のようでありたいと思う。一歩でも近づくため、今日もその姿をそのままキャンパスに写し取ろうと、筆を走らせている。これだ、と思って描いては気に入らず、パレットナイフで削り取っていく作業の繰り返しだ。一朝一夕で冨士が描けるわけがない。日々ゆっくりとだが、前を向いて歩み、精進を続けていきたい。いつかは冨士にまけない作品ができあがると信じて、今日も描いているのだ。
日本には「日本百名山」と言われるほど各地に名峰と呼ばれる山々がある。われらの浅間山もその一つであり、浅間山麓に住む私は、「富士は日本一の山」ということに異論はないが、行く先々で出会う浅間山を「富士山」のように感じている。
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