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平成の虚無僧一路の日記

「医者嫌いの医師」久坂部羊 

2014年04月12日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



4/12NHK「ラジオ深夜便」は、作家で医師の「久坂部 羊」氏。
「医者の父がめざした”明るい最期」と題して、「医者嫌いで、
自然死を貫いた父親」のことを語っていた。

父親も医師。国立病院に勤務していた麻酔科医。

自分が「作家になりたい」と言うと、「いいだろう。でも
最初は食えないから、まずは医者になったらどうだ。
医者になっても小説は書ける」と。なんでも、まず
「よし」と肯定して、受け入れてくれる父だった。 

父は医師でありながら、近代医療に批判的だった。
「医者は、自分が治してやったと思っているが、あれは患者が
勝手に治ったんだ」とか、「外科医がいらんことをするから、
患者を死なせよった」などと言っていた。

「人間には 自然に病気を治す力が備わっているので、
医療がよけいな手出しをしないほうがいい」という考えの
持ち主だった。

その父は、30代の半ばで 糖尿病と診断され、専門医の指示通りに
食事療法をはじめたのに、いっこうに血糖値が下がらなかった。
それで、「原因は食べたいものが食べられないストレスのせいだ」と、
食事療法をやめてしまった。

「食べたいものを食べ、ストレスのない状態にしたほうが、身体に
良い。検査なんかするから、一喜一憂してストレスになる」と、
血糖値の検査もやめてしまった。

以来、父は三十年以上、好き放題に食べて、コーヒーも砂糖を
3杯、タバコも制限なく吸った。

69歳の時、体重が20キロも減り、咳が出て、胸の奥が痛いと
言う。ついに入院して、検査の結果は、血糖値が700を超えていた。

それでも、その後も、父の療養態度はめちゃくちゃだった。
相変わらずコーヒーには砂糖を3杯入れ、ケーキやまんじゅうを
食べたい放題食べ、タバコもいっこうに減らさない。血糖値の
チェックさえしなかった。

82歳の時、ついに左足の中指と薬指が壊死して、足の裏側が
真っ黒になってしまった。糖尿病の合併症で末梢循環不全が起こり、
組織が死んで腐るのである。

壊死が広がると切断の範囲も広がるので、できるだけ早く切るのが
望ましい。ところが、父は「もうしばらく様子を見る」だった。

父は、この姿勢を生涯貫いた。死の床についた際も「もう充分
生きた」と、延命治療を拒み、点滴や栄養補給も受けず、死を
受け入れ、最期は意識がなくなり安らかに亡くなった。

死ぬことは苦しくない。治療は反って苦しみが増し、医療は死に対して
無力である。無欲になり執着心を捨てることで、上手に死に、
死の恐怖心を弱めることを父から教わった。

私の母も全く同じ。90歳になって、体はだいぶ弱ってきた
ようだが、医者に行かない。

私はそれに甘えて、ほったらかしだが、「久坂部」氏も言っていた。
「必要な医療を受けさせなかったことで親を虐待した」と、
刑事事件になるのだそうだ。くわばらくわばら。

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