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都わすれの「「ベガルタ応援日記」

今日は・・ 

2010年09月23日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し


私的には「秋分の日」と言うより「彼岸の中日」ですが、3連休中に皆さんが来てくれて・・今日はばあちゃんの面倒を見てくれていた、義弟が10時前に来てくれただけでした・・!


一日中雨で今日は墓参も行かないでしまった・・・最も毎年「自宅待機」で行ってないが・・・!


今日はあの雨の中山田富也さんの本葬が、執り行われたと思いますが参列できなくて・・!



9月10日付け「自立」の「聖芯源流」に載った(最後の寄稿になりました)、山田富也さんのお言葉です。

「目覚めると、真っ白な壁に囲まれていた。一週間ほどの時間が過ぎていたことを知りさらに驚く。
七月末の夕方、突然、脈拍が140を超えて息苦しさが襲ってきた。と、同時にそのあとの記憶はなく、気がついたら病院の一室だった
春からの不調を乗り切れずにいたところに、この猛暑。しっかり体力を奪われてしまっていたらしい。思うように食べられない日が続き、自分でもこれはまずいなと思い始めていた頃のことだった。
問いかけには答えていたらしかったが、自分の中では全く記憶がなく、時間の流れを追うことも難しい。
思えば、10年ぶりの入院だ。病棟に位置などを聞くと、中学校を卒業後、兄たちと過ごした懐かしい病院の中にある公園が見下ろせる病棟に入院したらしい。
そこは当時流行していたグループサウンズをまねて兄や仲間たちとバンドを結成し、ボーカルに名乗り出た私が一日で首になったという、懐かしい公園だ。
兄たちや病友たちの顔が次々と浮かんでくる。過ごした懐かしい青春の時間が蘇る。兄たち、友達との時間は、私の人生の大事な時間だ。若く、やんちゃな時代でもあり、随分無茶もしたものだが、その経験が今の私を生かしているのだと思う。
少し大げさな言い方をすれば、この場所こそが原点なのだ。
沢山の人と出会い、死に別れ、その命のむなしさをしん底感じたのはここだ。
自分の人生を大事に生きられる社会にしたいという思いに、また新たに触れ合う思いだ。     (山田) 」


退院したとはなかったから心配していたが、自立が届いて彼岸になり・・彼岸が過ぎたら行ってみようって思っていた矢先だった。
結局はご本人が「原点」と仰っていらっしゃったところで、お亡くなりになったのでしょう。
最後まで生きる望みを捨てていなかった・・・いのちの大切さを何度も教えていただきました。


冷たい「涙雨」の一日でした・・・どうぞ安らかにお眠り下さい。 合掌

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