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たゆたえど、沈まず
5万回のありがとう
2014年01月28日
テーマ:テーマ無し
小林正観氏の本を読んでいたら、合計5万回の「ありがとう」を言うと、自分にとって嬉しい奇跡が起き始める という記述があり、末期ガンで自宅で残りの日々を過ごすように言われた女性が、他にやることもないからとこの言葉に光明を見つけ一日千回の「ありがとう」を実行し始めたところ3万回ほど言い終わったところで、自分の足で立ち、歩けるようになり、二ヶ月後6万回言っているうちに、となり近所の人から顔色が良くなったと言われ10万回を超えたところで検査に行ったらガン細胞が全身からすべて消えていると言われたそうだ。
こういう話は事実だと思う。事実じゃなければ書かないだろう。
こういう話を聞いた時に信じる人と信じない人がいる。
私はあり得ることだと信じる方の人間である。
信じる人にはこういう奇跡は起こり得るし信じない人には決して起こらない。
信じないと信じているから起こらないのである。
ようするに人間は信じた通りにことは起こり、その起きたことの中で生きているんだと思う。
「ありがとう」という言葉の力は理解しているつもりで、日常で使うよう心がけてきた。
5万回というのは面白いのでやってみようと思った。
わざわざ時間をとって言うのでなく、日常にやっていることにこの言葉を組み入れようと思ったのである。
手始めに3つの行動に「ありがとう」の言葉を添えて実行しようと決めた。
一つは新聞配達の際に、カゴから取り出した新聞に「ありがとう」と声をかけ郵便受けに入れる時に「ありがとう」を言うことにした。
これで300回ぐらい「ありがとう」を言ったことになる。
実は、毎年一月に必ず誤配をする。何故か分からないが毎年必ずやってしまうのである。
今年もやってしまった。一月は特に注意しているのだがやってしまう。
かってある和尚さんに「心を置く」ということを教わった。これは座禅に対して動禅というらしい。
メガネとか車のキーなどをどこに置いたか忘れてしまい探すのに苦労することがあるが、物を置く時に一緒に心も置いてくると忘れないということだ。
それを心がけることを動禅というのだそうだ。
これをやってみるのだが集中が続かないのだ。
「ありがとう」は、やってみると集中が続き、配った家が記憶に残るのだ。
これはいい方法を見つけたと内心喜んで配達している。
もう一週間以上になるが苦もなく「ありがとう」誤配防止策戦は続いている上に、郵便受けまで歩く時もバイクで移動する時も口癖みたいに「ありがとう」を口ずさむようになった。
これが続けば決して誤配はしないと思う。
一軒ごとに「ありがとう」を言う日本一の新聞配達員の誕生である。
簡単に日本一になれちゃった(笑)
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