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平成の虚無僧一路の日記

戦中慰問団 

2010年08月17日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



いろいろ調べてみた。

慰問団は、なにも吉本だけでなく、映画俳優も地方の温泉芸者も
各県、各市ごとでも結成され、派遣されていた。

父の所属していた歩兵第116連隊の記録にも、慰問団のことが
しばしば登場する。

昭和16年5月12日 映画慰問団宜昌へ帰る
    5月30日 新潟慰問団来る 
    5月31日 慰問団第二大隊へ
    6月13日 第二大隊へ「特殊慰問団」来る

はて、「特殊慰問団」とは何だろう?調べたが不明。性を売る
のかと想像してしまう。

    11月 5日 夕刻慰問団来る。「ハイカラ」にして新しきも、
           郷土色希薄なり

やはり、「郷土色」が望まれていたのだろうか。
父の『従軍記』には、父は主計だったので、故郷福島の飯坂温泉から
芸者連中の慰問団が来た時、「衣食住は経理室の役目だから」と
彼女らの世話を経理室に与えてもらった。経理室の連中の喜びよう
といったらない。風呂焚き役は奪い合いになった。夜は経理室一堂
彼女らと会食し、日頃の憂さを忘れた楽しい一夜となった」とある。


「尺八と一休語りの虚無僧一路」のホームページも見てください。

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