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平成の虚無僧一路の日記

知音とは? 

2010年07月01日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



「玉」とはすごい名前だ。日本語も巧み。日本の事情にも
よく通じ、博識で、話題も豊富だった。たとえば、

「陛下」の「陛(へい)」は御殿に登る階段。天皇に拝謁する時、
絶対顔を見てはいけない。階段の下を見るから天皇は「陛下」。
皇太子は「殿下」。「殿」は「御殿」。御殿の下が見えるまで
頭を上げていいから「殿下」。「閣下」の「閣」は「楼閣」の
「閣」。高い建物だから、顔を上げて見てもいい。などと
漢字の意味から、用語の違いを解説してくれた。

そこで「知音」について訊ねてみた。『體源鈔』に「一休の
作」として載っている詩偈「龍頭を切断してより後 三千里の
外知音絶す」の「知音」の意味を知りたかったのだ。すると

「私の音(心)を知っている人はいるだろうか、私を解ってくれる
人は一人でもいいから居ないかなぁ」と、彼は解説してくれた。

みごと、私の思っていた通りだった。一休は「少知音」「稀知音」
そして「絶知音」と言っている。「わが禅を知る者 (解る者) は
いない」と云っているのだ。


「尺八と一休語りの虚無僧一路」のホームページも見てください。

「一休と虚無僧」で別にブログを開いています。

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