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平成の虚無僧一路の日記

グループ・インテグラル 

2012年07月12日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



昭和46年になると「安保闘争」も沈静化し、それとともに、
邦楽器での大合奏が、どうも楽器の特性に合わないという
思いから「土曜会合奏団」も解散しました。

箏、尺八は「ソロ楽器」として真価を発揮するのです。
そして、「土曜会合奏団」の生き残り10名ほどで、
「グループ・インテグラル」という和楽器集団を結成
しました。

なんと、うち3組が「土曜会合奏団」で結ばれたカップル。
そしてメンバーには、芸大を出て作曲を志す「中島晴子」
さんもいました。ですから、「グループ・インテグラル」は
ビクターの「清水境一」氏と芸大卒の「中島晴子」さんの
作品発表の場として、毎年、上野の東京文化会館で定期
演奏会を開いてきました。

昭和48年の第1回から平成5年の第20回までの20年間、
みな会社勤めをしながら、この「定期演奏会」に情熱を
燃やしてきました。私は、和歌山、福島、そして名古屋と
転勤がありましたが、それでも、毎年「定期演奏会」には
出演していました。

燃えるような青春時代でしたが、それと平行して邦楽も
一番栄えた時代でした。いい時代に青春を送ることが
できたと、悔いはないのですが、“夢よもう一度”は
年寄りの冷や水でしょうか。

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