+++ニタニタが過ぎて頬の筋肉が緩み皺が一本余計
に増えた。が、気にしなかった。 うろ覚えの「メダカ
の学校♪」を口ずさみながら、少年のようにわくわく
して日曜日を待ったのである。
十.六十七の憂鬱
日曜日になり、約束は正午であったが、私は早めに
待ち合わせのK駅前に車で着いた。わざと選んで、乗
降客が多くない人目の少ない田舎の駅にしたのであ
る。
車を滑り込ませた駅前の広場は、予想通り空いて
いた。晩秋の日曜日は天気が良く暖かであったから、
下車して近くにあった木陰のベンチに座った。木漏れ
日があり、気持ちが良かった。
それにしても、矢張り心配である。
待ち時間はベンチで一時間以上あったから、心配を
深めるのに充分な長さである。メールでは五十八と誤
魔化したものの、本音は六十七で四捨五入すれば
七十。顔の皺は円熟味を過ぎてとうに割れ目になって
いるし、手足の爪には縦縞がありヤスリ代わりにな
る。
若いバレリーナとのお見合なんて、どうひいき目に
見てもアンバランスで、グロテスクでさえある。もし
青少年嫌がらせ禁止条例というのがあれば、私はきっ
と引っ掛かるに違いない。これは犯罪かも知れんと思
うと、憂鬱になった。
デイズニー映画の「白雪姫と王子様」を思い出し
たが、そんな筈は無いと直ぐに頭を振って打ち消し
た。代わりに、「美女と野獣」とか「オペラ座の怪
人」とか、「ノートルダムのせむし男」の嫌な題名の
映画が、脳裡に去来した。
便利なメールのお陰で、シラノ・ド・ベルジュラッ
クみたいに顔を隠して、「合弁会社」の話で盛り上げ
てバレリーナをたぶらかしたものの、実体を最後まで
隠しおおせるものではない。
今日は「白鳥と野獣」か「白鳥座の怪人」の組み合
わせである。私は痩せているから、カタカタ音を鳴ら
して「しゃれこうべとダンスする美女」とならないか
と思うと、一層憂鬱になった。
けれども、歳若い女の目から見れば、六十七も
五十八も区別は付くまいと、厚かましく考え直した。
これが歳の功というもので、元来何処かに破滅願望の
ある私は、こうなればどうともなれと腹を据えた。
少し気持が落ち着くと、映画のラストシーンでは野
獣も怪人も両方ハッピーエンドになったのを思い出
した。
ベンチに腰掛けて外見はのんびり見えたかもしれな
いが、次々にこしらえる怪しげな妄想で、頭の中は一
通り以上の多忙さである。会社であれば残業が必要
な位。
多忙な時、時はあっという間に過ぎる。あれこれ取
り込み中に、思考を邪魔する者が突然目の前に立っ
た。邪魔されて思わずムッとして目を上げた途端、飛
び上がりそうになった。そこに「白鳥」が居たからで
ある。
予定より十五分遅れで、カムチャッカ半島から電車
で飛来していたのだ。合計一時間十五分の待ち時間
は、白鳥と怪人の力の差を示していた。
(つづく)
|