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作品名 67になっても、たまにはデートしたい(10) 評価 評価(1)
タイトル 67になっても、たまにはデートしたい(10)
投稿者 比呂よし 投稿日 2014/03/03 10:02:18

++++ 十通目が私の関心を引いた。それはモーツアルト
からのメールであった:

 「芸術に理解があって、パトロンになって下さるパ
パさんを求めています。貴方の掲示板を拝見しまし
た。円熟した五十台はとても素敵です。年齢面で先ず
私の好みにパスしました。髪がロマンスグレーなら、
一層素敵なんですが。


 「私は大阪のA芸術大学を卒業しました。商業デザ
インを勉強しましたが途中で方向転換し、現在はバレ
エを踊るのが生き甲斐です。二十九の独身で今の所結
婚の意志が無く、故郷を離れて一人暮らしの大阪で、
デザインの仕事をしながら、練習に明け暮れていま
す。

 「悩みはお仕事(=経済面)とバレエ(=芸術)の
両立です。 もっと沢山の時間を、バレエとお芝居の練
習に割きたいからです。私は平成のモーツアルトみた
いなもので、成功して名を上げるにはパトロンの助力
が必要です。

 「こんな私を理解し、援助して下さるパパさんを求
めます。練習の合間に大人の恋もしてみたいですしー
ーーウフフのフ。月二十万を希望します。  アール
グレイ」

 風変わりなメールは、私を驚かせた。「恵まれない
若い芸術家を育てる為に、パトロンとなって助けよ。
それが日本芸術と文化の育成に貢献するのだからー
ー」と女は訴えている。    

 驚きは好奇心に変った:ウチの会社は一部の大学の
研究室へ些少なりとも寄付をしている位だから、何時
かは文化人の端くれに加わりたいもの、と念願して
いた。そんな名誉あるチャンスを簡単にやろう、と女
は言っているようなものだ。

 バレエとモーツアルトといえば、私のビジネスとは
掛け離れた月とスッポンの世界。そんな俗世間から遊
離した宇宙空間みたいな処に息づく女に、私は尊敬の
念を感じた。チャイコフスキーの「白鳥の湖」も、序
でに重ね合わせた。

 全く踊れない人間が自分はバレエが出来る、なんて
嘘を言わないだろう。そう考えると、メールの内容は
信じるに足る気がする。

 金額を示してまるで会員募集みたいな所に、本人
の「自信」と現代風な「割り切り」を感じた。 母親が
病などと言うじめついた処が無いし、干しブトウやド
ライフラワー好きな肉食系でもない。ましてや、北海
道のむさくるしい熊ではなく、美しい白鳥なのであ
る。
 事情と要求する処をはっきり示す女の、ビジネスラ
イクな処も気に入った。

 しかもペンネームのアールグレイは、その昔英国の
グレイ伯爵が愛飲して名づけられたと聞く「香り高
い」紅茶のブランドで、偶然にせよ私の好きなものの
一つである。そんなブランドに拘る女ならば案外デリ
カシーがあり、ひょっとすると本当にモーツアルトの
再来かも知れなかった。

 芸術家を助けた老練な実業家として、私は後世に名
を残すに違いない。
(つづく)

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