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作品名 アカンタレの話(37) 評価 評価(1)
タイトル アカンタレの話(37)
投稿者 比呂よし 投稿日 2014/02/01 16:37:21

+++級友の苦労の無い無邪気な幼さを眺めて、どう
接すれば良いか戸惑っていたのかも知れない。私は苦
いコーヒーを口に運びながら、幼くも強く健気だった
彼女へ、改めて心の中で深い好意を捧げた。

37.好き?

 山道で当時「もう帰るよ」と弱音を吐いた時、彼女
は私を引止めなかった。何故、引き止めなかったろ
うか? 茶店は眺めの素晴らしい処だから頑張って
歩け、と言っても良かったのにーーー。それに、私を
安心させる為に、帰り道は送ってやると、何故言わな
かったろうか?

 いや、そんな思いやりの言葉や眺望が三国一という
広告宣伝は、案外成長に伴って身に付く技術であっ
て、大人の思考かも知れない。
 
 彼女には、眺望など生まれた時から毎日腐るほど見
飽きていたから、それが男の子へ自慢するほど格別と
は考えず、むしろ辺鄙で人に明かすのが恥ずかしい生
活環境と考えたかも知れない。夜の明かりもランプの
生活だったかーーー。

 彼女の心の内は、小二なりに複雑だった。通学に自
分はみすぼらしい手提げ袋。ランドセルの(それ故
に、お金持ちに見えた)男の子と同道し、茶店まで連
れて行くのは嬉しくはあった。けれども、同時に恥じ
も感じて、何処か有り難迷惑に考えていたかも知れ
ない。行き着く先の山の茶店が、御殿のように美し
い筈はなかったから。
 彼女なりに悩んで、結局「ジュースの特典」で私の
食欲に訴えるのが一番、と道々考え付いたのだろうか。

 山の茶店までジュース瓶を運び上げるのは、親は骨
だったろうし、登山客相手に売る値段は下界より高い
から、ジュース一本と言えども当時は貴重品だった
ろう。ランドセルを買って貰えない茶店のやり繰り
を、女の子は子供心に薄々勘付いていた筈だ。

 山道を同行しながら男の子の憔悴した青白い顔を見て、親の了解無しに彼女は大事なジュースを、男の子
に一本振る舞う決心をした。精一杯の歓待である。
 それは店で売る分のジュースではあるまい。その日
のおやつに貰える予定の自分のジュースが一本ある
から、その半分の量を男の子へ分けてやるなら、親か
ら叱られはすまいと考えたかも知れない。
 いや、今にもぶっ倒れそうな男の子を眺めて、自分
のを丸々一本やっても構わない、と考え直した。

 それでも、「もう帰るよ」と私が途中で音を上げ
た時、道々あれこれ心を悩ませていた彼女は内心ほ
っとしたかも知れない。だから、私を引き留めなか
った。時代は貧しかったし、彼女の行動と切ない思
考に大人並みの解釈を求めるには、幼な過ぎた。

 これが初恋で、結局私はずっと彼女を好きだったの
だろうか? 正直な処、私にも良く判らない。この歳
まで棲家を探し続けたのだから、女を生涯忘れなかっ
たのは確かである。けれども、「忘れない」というの
と「好き」とは別物で、むしろ「好き」と言ってしま
うのは安直過ぎるように思うのである。何故なら:
(つづく)

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