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作品名 アカンタレの話(32) 評価 評価(1)
タイトル アカンタレの話(32)
投稿者 比呂よし 投稿日 2014/01/27 09:07:01

+++上背のある女は山側に立っていたのだ。私以外
に人は居ないのに、木立の間から女が私を見ている気
がして、暫くそこへ立ち尽くした。

31-32/50.三国一

 そこから先は初めての道である。木の陰が濃い細
道を、先へ急いだ。道は鉄拐山の東斜面を横切って
おり、日陰になってはいるが、しっかりした道であ
る。
 途中背の高い山柿の木があり、三つ四つの赤い実を
残していた。秋の実が未だ残ってあるのは、渋柿なの
だろう。女の子も、当時同じ赤い実を通学時に何度も
眺め上げていたに違いない。

 更に三百米程進むと、一旦五米ほど谷側へ下がり、
下がり切った所に小さな沢があって道が壊れていた。
夏ならマムシが出そうである。それを難なく通り越
すと、高低差十米ほどの曲がりくねった急登坂にな
った。

 登り切るといきなり明るい尾根道に躍り出た。広い
三叉路で、踏み跡から見て登山客がよく通る処らし
い。そこは鉄拐山の頂上から北方面へ降りて来る道
で、私は同じ山の脇道を経由して同じ処へ来たらし
い。山の頂上を経由しない分、近道だったのである。

 案内板があって、迷わず北方向の高倉山方面を選
んだ。踏み均された道を百米ほども進むと、丈が五〜
十米のうばめ樫の林に入った。一面同じ木ばかりが自
然に群生しているのは珍しい。珍しいためか道の脇に
説明書きあった:この木の群生は太古の昔に海岸が直
ぐこの近くにあった証明です。

 寒いけれども、正月の明るい陽が差し込んで気持ち
の良い林である。抜けて少しばかり登ると、高倉山の
頂上に着いた。同時に目の前が一気に広がって、緩や
かな北斜面の五十米ほど先に、コンクリートの四角い
白い建物が見えた。それは確かに高速道から見上げて
いた見晴台に違いなかったが、目の前で見るのは、想
像していたのより大きい。目を凝らして茶店らしいも
のを探したが、これは無かった。

 しかし直ぐに、あの見晴台が昔は茶店だったに違い
ない、と勘を働かせた。建物はニ階建てで、前まで行
くと「ジュース・コーヒー・軽食あります:二階喫
茶室」と張り紙があった。やっぱり、だ。
 大切なものを後へ取りのけて置きたい気持があっ
て、喫茶室に寄らず、先に屋上まで建物の階段を上が
った。

 三国一の素晴らしい景観が広がっていた。殆ど三百
六十度に視界が開け、西と北には広い播磨平野が広が
って中を高速道路がうねり、本州と四国を結ぶ明石大
橋も見える。東は神戸市街と六甲連山が遠望され、南
は直ぐ近くに瀬戸内海が光っていた。シュナイターの
双眼鏡が久し振りに役目を果した。

 須磨アルプス連峰の東端で北へ突き出た位置にあっ
たから、そんな眺望を独り占めに出来たのである。正
月の冷たい空気を通した陽光の中で、美しい眺めに陶
然とした。朝焼けに登る太陽と、西に沈む夕日を眺め
るチャンスがあれば、それはまた格別に違いない。
「女の子」はこんな天国みたいな宝物を、隠し持って
いたのである。

 昔の彼女とのやり取りを、昨日のように思い出し
た:
「(茶店は)高い処にあるの?」
「高いっ!」と、あの時女は勢い良く応じた。嘘では
なく、勢い付く程確かに三国一の景観である。
 それじゃ、「てっぺんか?」と訊くと、「う〜んー
ーー」と女が不審に唸った。女は正直だったのだ、九
合目だから茶店は山の本当の「てっぺん」とは言え
ない。幼い女の正直さに、誰も居ない屋上で私は独り
声を出して笑った。
(つづく)

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