+++この提案こそ後々何十年の長き
に渡って、私の人生を拘束し悪夢のよ
うに苦しめる結果となるのだが、そん
な事は夢にも気付かなかった。
9.茶店
こっちの提案に女は最初戸惑って、
暫く考えた風だった。しかし、積極的
に同意はしなかったものの、かと言っ
てはっきり嫌だとも言わなかった。ク
ラスの中でも特に冴えない男の子では
あったが、天体運動みたいな親しみ
を道々示されて、女は悪い気がしなか
ったからに違いない。
分岐点へやって来た時、女が示す高
倉町の方面へ一緒に曲がった。
私はその方向の道を全く知らない訳
ではなかった。五百米程も進めば山が
あり、行き止まりになっている。その
先は木が繁っているばかりで道路は
無く、須磨アルプス連峰の一角である
鉄拐山(てっかいざん)と言う深い山
なのである。
行き止まりになった道路と山との間
が谷で、十米ほどの橋が掛かってい
て、渡り切ると登山口になっている。
そこから、日曜日に父親に連れられて
山の中腹にある休憩所まで、私は何度
か登った経験があった。
その登山口に至るまでの間に民家な
ど無かったような気がしたので、やや
不審に感じて自分の記憶を探りながら
一緒に歩いている内に、「茶店をして
いる」と女が初めて明かした。
これを言い難いそうに、恥でもある
かのような口調で言った。そう聞いて
も私には意味が呑み込めず、登山口の
辺りに売店があって、登山者相手にジ
ュースなどを売っているのか、と軽く
聞き流した。
ところが更に、「山の上で寝泊りし
ている」と聞いて流石にびっくりし
た。家の長である父親とは、毎日会社
へ行くものだと信じ込んでいた年頃で
あるから、女の言葉を私は珍しいもの
のように聴いた。
茶店兼用の家がどの辺りにあるの
か、見当が付かない。父親と登る山道
には、茶店らしいのを見掛けた覚えが
無かったからである。何処か途中で横
へ入る道があって、そんな場所にある
のだろう。
「高い処にあるの?」と訊くと、
「高いっ!」と女が勢い良く応じた。
それじゃ、「てっぺんか?」と訊く
と、「う〜んーーー」と女が唸った。
「どの辺?」と重ねると、また「う〜
ん」と唸った。女の受け答えが、実に
不審である。
(つづく)
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