+++注射針を差し込んで中身を吸わせ
る。折った拍子にガラスの破片やヤスリの
粉が、注射薬の中に混じらないかとひやひ
やしながら、私は何時も恐ろしげ気に医者
の所作を眺めた。
6.無口な子供
何時も同じ所に注射を打ち続けると、腕
の皮が固くなって針が刺さらなくなる。医
者はもっともらしいそんな理由を付けて、
左右の腕を週毎に変えた。
これが私には難儀であった。何故なら第
一に、左腕はさほどではないのに、右は何
故か針がグサッと乱暴に突き刺さる感じが
して、痛さで全身が震撼するからだ。
もっとも私の方でも心得たもので、「今
日は右手だ、右手だ、ソレッ痛いぞ、痛
いぞ!」と心中密かに痛さを増幅してお
いて、針が刺さった途端に「やっぱり、死
ぬほど痛い!」と、余計にベソをかいたの
である。
普段楽しみの少ない医者と看護婦は、そ
んな私を見て愉しんでいる風だったから、
大人は残酷なものだと思った。
もう一つの問題は、自分の腕ではないか
ら医者は先週どっちの腕に注射したのか、
完全に忘却するのである。医者のいい加減
さに、私は震え上がった。忘れる位なら、
どうしてちゃんと帳面に書きとめて置かな
いのだ!
こんな時、今週はこっちだと黙ったまま
当の腕を突き出して、私が教えてやるの
だが、素人が医者に物を教えなければなら
ない。何と言っても子供の事だから、うっ
かりして教え間違いというのは起こり得
る。
万が一私がそんなミスを犯したらーー
ー、硬くなった皮膚にグサッと来た注射針
が折れて体内に入り、腕から首を抜けて至
近距離にある脳に達するのは間違いない。
七転八倒して苦しむ自分と、それを眺め
て楽しむ医者と看護婦の姿を想像すると、
恐怖で舌が凍りついてしまう。そんな私の
様子を見て、「この子は、生まれ付き一言
も物をしゃべらない子供だ」と、看護婦は
勝手に誤解した。
(つづく)
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