ナビトモのメンバーズギャラリー

条件で調べる

カテゴリ選択
ジャンル選択
 

次の画像

ギャラリー詳細

作品名 男はつらいよ お帰り寅さん 評価 評価評価評価評価評価(5)
タイトル 結構毛だらけ
投稿者 パトラッシュ 投稿日 2020/01/07 15:10:48

かつて寅さんの映画を「あれは落語だ」と評した人が居ました。
映画評論家と言われる人です。
落語=軽薄なもの、つまり芸術性はない。
との前提で、相対的に映画を、より高い位置に置こうとするかのようであり、
落語好きの私は、これに、いい気持がしませんでした。

これに似た「相対的優越性の誇示」は他にもあります。
クラシック音楽愛好家が演歌を嫌い、新劇ファンが大衆演劇を蔑み、能を嗜む人が歌舞伎を、
芥川賞受賞作を読む人が直木賞作品を、それぞれ軽侮するようにです。
考えてみますと、私はこの「相対的低劣」とされる側にばかり、
属していることになります。

思索することが、苦手だからでしょう。
私は、特に娯楽を「面白けりゃあ、それでいい……」としています。
これを識者は「快楽主義」と言い、きっと嗤うでしょうけれど。
私が「寅さん」を好きなのは、彼がそのインテリらを、逆に嗤うからです。
知識や教養が、いかほどのものか……
人生を生きて行く上で、それらがむしろ、邪魔になることを、
彼が本能的に、知っているからです。

私は作品の評価を「時の風化に耐える」という一点に絞り、行っています。
それはつまり、その作品が、見た者の中に、何時まで生き続けるか……ということです。
文学ばかりでなく、他の芸術すべてにおいてです。
映画部門の中で「寅さん」のそれは、私の中から容易に消えません。
テレビで再放送があると、何度でも見たくなります。
これ、落語も同じです。
そう言う意味でなら、前述の評論家の意見も、当っています。

 * * *

寅さんの映画が復活すると聞いた時は、耳を疑いました。
だって、渥美清が亡くなって、もう四半世紀が経つのです。
鬼籍に入った、他の出演者だって、少なくないでしょう。
もしかしたら、厖大な過去の作品から、彼の顔かたちを抜粋し、4Kデジタル処理を施し、
それらを繋ぎ合わせ、新たな寅さんを作るのかとも思いました。
そんな姑息な映画なら、私は見るのを止めようかとも思いました。
だって、私の中にある、あの生粋の寅さん像を、壊したくありませんから。

寅さんの甥である、諏訪満男が主役であると、新聞で知りました。
となれば、ヒロインはかつての恋人「イズミちゃん」……
演じるのは後藤久美子です。
行こう……妻を誘い、年が明けるのを待ちました。
当ナビトモでも、この映画のチケットが当たる、プレゼントを実施しておりましたが、
そんな不確かなものを、待っているヒマはありません。
私は自費で行きました。

行ってよかったです。
楽しかったです。
随所に回想シーンがあり、寅さんを始めとする、懐かしい顔に出会いました。
寅さん映画のマドンナになる。
それは、当時の女優さんにとっても、憧れの的だったでしょう。
その女優さんらが、次々現れる。
その度に、ああ……とばかりに、声を上げそうになりました。

もしかすると、満男とイズミの影が薄くなる……とも思いましたが大丈夫。
二人の恋情もまた、しっかりと描かれておりました。
但し、満男の奥さんが、若くして死んでしまっていること、
そして豊かな才能を求められるであろう小説家に、彼があっさり納まっていることなどに、
ストーリーの安易さを、感じないでもありませんでした。

館内には、ほとんど空席が見えませんでした。
シネコン内のシアター1、それはプラチナシートもある、大きな映写場です。
そこに、しばしば笑いが起こり、さざ波のように場内に広がりました。
涙する客も、多かったでしょう。
これは、確認したわけではありません。
場内は暗いですから。

横に並ぶ妻の様子から、それとなく察したまでです。
普段冷静なのです、彼女は。
それが珍しく、時折手を運んでいました。
もちろん、その目の辺りにです。
一方の私は、そんな面倒なことは致しません。
濡れるに任せる、つまり放置しておりました。

エンディングロールに至っても、席を立つ者が居ません。
あまつさえ客席に、拍手すら湧いたのです。
「監督・脚本 山田洋次」と出て、場内が明るくなった時です。
山田さん、大したものです。
その穏やかな風貌からは、うかがい知れないほど、その才能は深く豊かです。

 * * *

粗野で、軽忽、お調子者でお節介、こんな寅さんに、私達はどうして惹かれるのでしょう。
磊落に見えて、実は、細やかな情を内に秘めている。
生き惑う、他人を見過ごしに出来ない。
方途を示し、時に援助の手をも差しのべる。
寅さんにそれが出来るのは、彼がこの世の荒波を、人の何倍もくぐり抜け、
生きて来たからでしょう。
そしてその顔に、苦渋の色を見せない。
何時もにこにこ笑っている。
その楽観は達観にも似て、私達観客をも、大いなる安心へと導きます。

私達は、落語の登場人物が発する、粗野粗忽、無礼吝嗇、嫉妬騒擾、豹変野望などを笑いつつ、
彼らを突き放せないのは、思い当たるところがあるからです。
そう言えば、自分にもある。
やってるじゃないか、同じことを……
自身に重ねてしまうからです。

寅さんが、正にそれです。
つい共感を覚えてしまうのです。
そう言う意味で、寅さん映画は、まさに落語です。

落語で結構。
「結構毛だらけ猫灰だらけ、お尻の回りは糞(くそ)だらけ。
大したもんだよ蛙の小便、見上げたもんだよ屋根屋の褌(ふんどし)。
映画が落語で、何処がわりいー」
立て板に水のごとき、寅さんの啖呵売を真似し、評論家に向かい、言ってやりたくなります。

楽しい映画です。
皆様どうぞ、ご覧下さい。

 

次の画像



【パトラッシュ さんの作品一覧はこちら】

最近の拍手
全ての拍手
2020/03/06
フォルテ
2020/02/18
むつごろう
2020/01/09
ななつ星
2020/01/08
藤の花
2020/01/08
まはろ
拍手数

27

コメント数

0


コメント

コメントをするにはログインが必要です


同ジャンルの他の作品

PR





上部へ