筆さんぽ

花咲く 

2024年02月07日 ナビトモブログ記事
テーマ:読書案内

男性はどうやら、(もちろん例外もあるが)花のことをあまり知らないらしい。

向田邦子の『思い出トランプ』(新潮文庫)に、「花の名前」という話がある。

「結婚する前、松男(夫)は花の名前をほとんど知らなかった。桜と菊と百合。知っているのはこれだけである。よく聞くと、この三つもあやふやだった。

「桜だけは自信があります。ぼくの中学の徽章ですから」と威張るので、桜と梅の区別をたずねると、とたんに頼りなくなった……

(松男は)子供の頃から名門校に入ること、首席になることを親に言われて大きくなった。数学と経済学原論だけが頭にあった……『結婚したら花を習ってください。ぼくにおしえてください』」。

それから妻は花の名前をはじめ、日常のこまごましたことを夫にひとつひとつおしえ、夫は「お前のおかげで、人間らしくなれた」とよろこぶ。

花の名前を知り、咲く花に季節の移ろいを感じることは、毎日の生活をうるおいのあるものにしてくれる。

女性に花を贈ることは、どうやら男性にはテレくさいらしい。といっても欧米の男性は、子どものころから花を贈ることに慣れている。
モンゴメリの代表作『赤毛のアン』(新潮文庫)の続編『アンの娘リラ』((原題:Rilla of Ingleside、炉辺荘のリラ/新潮文庫)にはこんなシーンがある。

アンの長男ジェムは、毎年春になると野原に咲くサンザシの花を摘んで母のアンに贈っていた。そのジェムが大きくなって戦争に行く。すると次男がそれを憶えていて、野原に見あたるかぎりの初咲きのサンザシを摘んで母に捧げる。戦争が長引き、次男も三男も出征する。

末っ子の娘リラは、今年は男の兄弟の代わりをしようと考えるが、リラがまだ一輪も見つけないうちに、近所の男の子が豪奢な淡紅色の小枝を腕にいっぱい抱えてきた。

「サンザシを取りに行けないからって心配しなくていい、僕がいいようにするからって、ジェムに手紙を書いたの」。男の子はそういって、はにかみながらぶっきら棒に、花の枝をアンに贈る。


母の花の色といえば、芝木好子さんの小説『貝紫幻想』(河出文庫)にこんな話があった。

春のはじめ、花の咲く前の桜の枝を折って煮詰めると、ごつごつした枝からは想像もできない桜色が出るという。その液で布を染めると、濃い、はんなりとした桜色に染まる。

桜の樹は花の咲く前に、すでに全身に花の色を溜めているという。何百、何千もの桜の蕾、花の色を生み出す「母の色」なのだろうか。


●イラストはかつて、北海道の松前近くの海岸で見た浜茄子のイメージ。夏の盛り、潮風と遊ぶように、なまめかしい紅色の大輪の花びらを躍らせていた。

大輪の花は首をかしげ、どこか悲しげな容姿をたたえているのは、咲いた花がすぐに散ってしまう短命をはかなんでいるからだろうか。
あるいは、海のかなたの世界に何か探しているからだろうか。



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