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なぜ自殺をしてはいけないのか? 

2021年08月30日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し


なぜ自殺をしてはいけないのか?  子どもが親より先に死ぬことほど親不孝は ない・・・と古今東西、よく言われます。  もちろんそうは言っても病気や突発的な事故 など、そうなってしまうことは仕方がないことで、 死者を責めるべきではありません。  子どもが親より先に死ぬと、独身の子どもで あれば親が喪主となります。  そんな葬儀に参列すると、参列者もいたた まれない思いになります。  死因が病気や不慮の事故であっても親は辛い ものですが、自殺が死因だと親の苦しみは 計り知れないほど深くなります。  ・・・・・・・・・・・・・・・・ 今日の日本の死因のトップ3は、悪性腫瘍 (がん)と心疾患と脳疾患ですが、10代、20代、 30代に限って言えば、死因のトップは自殺だ そうです。  コロナ禍によってその傾向が強まっていると 聞きましたが、なんとも残念な話です。 40代でも、死因のトップこそ悪性腫瘍(がん) ですが、2位は自殺だとか。  なぜこうも日本人は自ら死を選んでしまうのか?  辛いことがあって、自分が死んでしまえばそれ から解放される/離れることができる・・・、 どうせ人間はいつか死ぬんだから・・・と 自殺をする人は自分に言い聞かせ無理無理に 納得するのかもしれません。  翻って自然界を考えたとき、野生動物は自殺を しないという原則に気づけます。  つまり、自殺は人間だけが行なう行為であり、 野生動物は絶えず餓えや天敵などの死と隣り 合わせで生きているわけで、その結果生き抜く ためにいつも必死に生きています。  必死に「生きる」ことを選んでいるということは、 その「生きる」ほうを選ばないのは、実は「必死 には生きていない」ことを意味します。  人間は必死にならなくても生きていけるものです。  生きていけるから、余計なことを考えて「じゃあ、 死んじゃおうかな・・・」となるのかもしれません。  自殺を考えるというのは、本人にしてみれば 苦しいことからの解放かもしれないけど、実は 必死で生きてはいない・・・ということが言えるの かもしれません。  中国・四書の一つ「大学」に「小人閑居して 不善を為す」という言葉があります。  意味は「小人は他人の目がないと悪い事を するものだ」・・・です。  まさに、閑居しているから余計なことを考えて 自殺という不善を為してしまうのかもしれません。  フランスの作家、アルベール・カミュは「真に重大な哲学上の問題はひとつしかない、 自殺ということだ」と言っています。  言えるのは「自殺をさせるに至った背景・原因 がどんなケースでも必ずあるハズですが、それは 本人が自殺をしてもその背景・原因がなくなること は恐らくない  → つまりは根本的な問題が解決するわけでは ない・・・ということです。  自殺をしても何ら問題解決には至らず、ただ単に 人一人の命が消えて、その人に関係する人々 (親など)が悲しみ苦しむという新たな問題を 引き起こす原因を自らが作り、しかもそれを作った 本人(=自殺者)は原因を作ったままいなくなって しまう・・・という何ともややこしいことが起きてしまう わけです。  親と不仲だからそうしたことは生じない・・・と いう理屈を言う人もいるかもしれませんが、 いずれにしても「生きる」ことが大切だと 思います。  そして、人は「環境を変える」ことでいくらでも 人生を変えることができると私は思っています し、自分の人生を自分で構築して幸せに暮らす ことが重要だと思っています。  私の著書 2冊+電子書籍11冊 お金の教養シリーズ          5冊 組織マネジメントシリーズ       4冊 ビジネ人生論シリーズ   2冊 (アマゾンの電子書籍読み放題に該当しています)http://www.amazon.co.jp/-/e/B00VUO7NIC  

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