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東京大空襲のルメイ叙勲は、元総理小泉純一郎の父防衛庁長官小泉純也が推奨した 

2021年03月23日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



Facebookは参考になる投稿が多々あります。今回は、元総理大臣小泉純一郎の父小泉純也が防衛庁長官の時に、ルメイの叙勲を総理大臣佐藤栄作に推奨したという投稿でした。投稿者の承認を得ましたので転載します。
ウィキペディアによれば『1964年12月4日、カーチス・ルメイの勲一等旭日大綬章叙勲の閣議決定に参加した、この叙勲に関して東京大空襲や原爆投下に関与したルメイへの授与が非難されたが、小泉は「功績と戦時の事情は別個に考えるもの。防衛庁の調査によれば、当時ルメイは原爆投下の直接部隊の責任者ではなく、サミュエル・モリソンによれば原爆投下はトルーマン大統領が直接指揮したものである」と説明し、佐藤栄作首相もそれに同意している。推薦は防衛庁長官小泉純也と外務大臣椎名悦三郎によって行われた。』
>衆議院昭和39年12月7日予算委員会議事録<

○辻原委員 ただいまから社会党を代表いたしまして、補正予算審議の際にあたって本会議、予算委員会を通じて行なわれましたそれぞれの質疑についての最後の締めくくりをいたしたいと思うのであります。  私は、当委員会で、また本会議の総理はじめ関係所管大臣のお答えをじっと聞いてまいりましたが、佐藤新内閣の発足にもかかわらず、まことにわれわれとしてはおっしゃっている点がきわめて不明確であって、今日国民が待望しておる佐藤新政策というものについて、その全貌を今日までつかむことが非常に困難であるということを私ははなはだ遺憾に思っておるのであります。したがいまして、この機会に総理をはじめ関係大臣からひとつ率直かつ具体的にお答えを賜わりたいと思うのであります。  私は、きょうは外交をはじめまた当面する経済の問題、また若干の内政問題について特にこの機会に明らかにしなければならぬ点をお尋ねをいたすわけでありますが、本論に入りまする前に一点お尋ねをいたしておきたい。それは、佐藤内閣の政治の姿勢にも関する問題であります。  お尋ねいたしますが、去る四日の閣議で、ただいま来日中と伝えられる米空軍のガーチス・ルメー参謀総長に対して、わが国から勲一等旭日大綬章が贈られるということをきめられた由伝えられておりますが、これは事実でありますか、お伺いをいたします。



○佐藤国務大臣 事実であります。




○辻原委員 これはどういう理由でもって贈るということを、あえて閣議が決定せられたのか、承ります。



○佐藤国務大臣 ルメー空軍大将が戦後におきまして、わが国の自衛隊の建設につきまして非常な功労があった、こういうことであります。


○辻原委員 いまの総理のお答えではどうもはっきりいたしませんが、私はこう思う。ルメー参謀総長は、これは言うまでもなく、終戦当時グアム勘にありました米第二十空軍司令官として、わが国に対する空襲攻撃の直接の責任者、指揮官であったということは隠れもない事実であります。しかも単なる攻撃部隊の直接指揮官というばかりではなくて、今日わが国の裁判所があえて国際法違反であったと判決をいたしております広島、長崎に対する原爆投下に対する指揮官であった。同時にその投下方法をくふうをしたその人であったわけです。そういう今日の最も重要な問題である原水爆反対という国民の悲願に水をさすような叙勲行為というものを、なぜ一体政府はおきめになったのか。私には、また国民の大多数には非常に不可解な点だろうと思うので、もう少し総理から詳しく事情なり政府の見解というものを私は伺いたいと思うのであります。



○佐藤国務大臣 戦時中の問題につきましてはいろいろ議論があると思います。ただいま日米両国は友好関係を続けております。戦争時代の敵国であったアメリカと友好関係を続けております。その方が戦後におきましてわが国の自衛隊の建設につきまして非常に功績があったといえば、過去は過去、もうすでにそのことを忘れて、新しい事態について私どもがその功をねぎらうというか、報いるというか、これは当然のことだと思います。私は、大国の国民というものはいつまでもそういう事柄にとらわれないで、真に今後のあり方、またその後のわが国に対する功績、それを十分考えて処置する、これはあたりまえのことだ、かように思っております。




○辻原委員 そういう総理の見解は、私は決して今日の国民感情は許さないであろうと思います。私もそれぞれ功績のあった人、ないしは国際慣習として勲章を贈るということについて、あえてこれを否定するものではありません。またそういう行為を傷つけ、けちをつけるという考え方はございません。しかしながら問題は事と次第によるのであります。戦争のことはさっぱり忘れて、その後における功績だけをたたえましょう??私は単なる戦争行為をやったそれぞれの当事者の問題と、原爆をあえて国際法に違反をして投下をし、その投下方法のくふうをこらしたというそのこととには、非常に大きな隔たりがあると思うのであります。根本的に違うと私は思うのであります。いまなお広島において、長崎において、いかに多くの原爆被災者が苦しんでおるか、それゆえにこそ、今日日本の国民はそれぞれ思想を越えて、それぞれの階層を越えて原水爆を禁止しようというのがこれが悲願じゃありませんか。そういう国民感情に水をさす行為が、今度のこのルメー叙勲の問題であろうと思います。この機会に、総理のお答えがありましたが、防衛庁長官からもその見解を明らかにしておきたいと思います。




○小泉国務大臣 ルメー大将に対する勲章授与の問題につきましては、先ほど総理大臣からお答えがあったとおりでございまするが、私どもの考え方におきましては、ルメー大将の戦後のわが航空自衛隊に対する顕著な数々の貢献に対する勲章の授与でありまして、これは戦時中の問題とは別個に考えるべきものであるという観点に立っておるのであります。なおまた、先ほど辻原委員がお述べになりました中に、日本に対する原爆投下の直接の責任者がルメー大将であったというおことばがございましたが、この点について私どもの調査を参考まで申し上げますると、当時日本に原爆投下を行なったのは、アメリカの第二十航空軍に所属する第三百九十三飛行隊でございました。投下が行なわれたのは、御承知の一九四五年八月でございまするが、ルメー大将は、その前の七月十六日付で他に転任をいたしておるのでございまして、直接部隊の責任者ではその当時なかったのであります。さらにまた、原爆投下はアメリカのトルーマン大統領が直接これを指揮したということが、アメリカの戦史に詳細述べられておるところでございまして、この点も御参考までに申し添えておきます。




○辻原委員 そういう防衛長官なり、さっき総理がおっしゃったそういう無感覚さに、私は残念に思うのであります。国民感情を無視するというその無感覚さ、これが私は問題だと思う。佐藤内閣というのは、これは総理もしばしば言われておるが、国民とともに施政をやっていくのだ。ところがいま一番国民が悲願としている原水爆反対ということにあえて水をさすような行為??いま防衛庁長官からルメーさんが当時の直接の指揮官でなかった、日付が若干違っておったというような釈明がありましたが、終戦当時の七月、八月に、これを企画したのは明らかに二十空軍の司令官、その当時のルメー団令官なんです。だから幾らそのことについて戦時中のことは戦時中のこと、その後の功績をと、こう言いましても国民感情が許さない、現にこのことを伝え聞いて、もうすでに報道関係等の中に、被災者から盛んに投書がきているじゃありませんか。何ということをしてくれるのか、こういう投書がきているじゃありませんか。この辺でそういう国民感情を十分そんたくをされて、できればあらためて検討されるようなことをお考えになったほうが、今後の佐藤内閣の施政としてはよろしかろうと私は思います。しかし、これは本論ではございませんから、それ以上申し上げませんが、ひとつぜひ総理大臣にもお考え直しを願いたいと思います。総理大臣、いかがですか。




○佐藤国務大臣 私は、先ほどの防衛庁長官のお話でおわかりのような事情もございましょうし、またそういうことを資料にいたしまして決定いたしたのでありまして、私はこれを変える考えはございません。




靖国神社ツアーでは遊就館内も説明をしていました。(昨年7月1日より館内の説明は不可となりました。)
展示室14「本土防衛作戦」で、唯一敵国アメリカの兵器や爆撃機の写真である「戦略爆撃機B29の1945年3月10日東京大空襲の写真」がある前で、「この東京大空襲を始め広島・長崎への原爆投下を指揮したカーチス・ルメイ大将(当時は少将)に対して、日本政府は1964年12月4日に勲一等旭日大綬章を授与したのです。」と、袖井林二郎教授(新宿区市谷台町に居住)から頂いた「米国航空宇宙局博物館所蔵のコピー」を披露していました。
靖国神社遊就館図録より

米国航空宇宙局博物館所蔵のコピー

雑誌TIMEの表紙
(了)

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