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帝国陸海軍の「亡霊」が支配する新型コロナ「専門家会議」に物申す(上)(下)「Yahoo!ニュース」 

2020年03月08日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



「Yahoo!ニュース」をシェアしようと思いましたが、上手く出来ませんので全文を転載します。
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帝国陸海軍の「亡霊」が支配する新型コロナ「専門家会議」に物申す(上)3/5(木) 11:00配信?
『犬神家の一族』(角川文庫)が好きだ。横溝正史の代表作で、名探偵金田一耕助が活躍する。1976年に市川崑監督、石坂浩二主演で映画化され、大ヒットした。その後、繰り返し映画化・ドラマ化されている。
 この作品は犬神佐兵衛翁の臨終から始まる。佐兵衛翁は裸一貫から犬神財閥を築いた立志伝中の人物だ。
 佐兵衛翁の死後、一族が揃ったところで開封された遺言書には、すべての財産を恩人の孫娘である野々宮珠世に譲ると記されていた。ただし、条件があった。それは珠世が佐兵衛翁の3人の孫のいずれかと結婚することだ。
 その後、財産をめぐって惨劇が繰り広げられる。ネタバレさせないためにこれ以上は書かないが、読み終わると、一連の惨劇は亡き佐兵衛翁の亡霊が犯人に取り憑いて起こさせたような印象を受ける。人は意識しないところで歴史に操られている、ということを考えさせられる作品だ。
 新型コロナウイルスの拡大が止まらず、政府は迷走を続けている。クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号の検疫の失敗、遺伝子診断(PCR)の体制整備の遅れ、安倍晋三首相による突然の休校依頼――。
 国内外から批判が噴出している。日本の評価を損ね、東京五輪の開催すら危ぶまれる事態となった。
■予算を主導したのは
 一連の動きをみて、私は『犬神家の一族』を思い出す。「亡霊」に操られたかのように、関係者が「ピエロ」を演じているからだ。
「亡霊」とは、帝国陸海軍だ。
「関係者」とは、政府の専門家会議のメンバーである。一体、どういうことだろうか。
 読み解く鍵は、「国立感染症研究所」(感染研)、「東京大学医科学研究所」(医科研)、「国立国際医療研究センター」(医療センター)、そして「東京慈恵会医科大学」(慈恵医大)だ。
 政府が設置した「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議」は12名のメンバーで構成されるが(下表)、日本医師会、日本感染症学会、公益を代表する弁護士などを除くと、残る9人中8人が前述の4施設の関係者だ。
 座長の脇田隆字氏は感染研の所長、鈴木基氏は感染研感染症疫学センター長、さらに岡部信彦・川崎市健康安全研究所所長は元感染研感染症情報センター長だ。
 河岡義裕氏と武藤香織氏は医科研教授、川名明彦・防衛医科大学教授は医療センターの元国際疾病センター医長で、尾身茂・独立行政法人地域医療機能推進機構理事長は元医系技官だ。
 医療センターを統括するのは厚生労働省で、医系技官が現役出向している。
 さらに、吉田正樹氏は慈恵医大教授で、岡部氏も慈恵医大の同窓だ。
 この4組織と無関係の委員は、押谷仁・東北大学教授だけだ。
 珍しいことに、委員の中に東京大学医学部出身者がいない。政府の医療の専門家会議で、東大医学部卒が皆無なのは極めて珍しい。
 2月13日、このような専門家を迎えて開催されたのが、第8回の新型コロナウイルス感染症対策本部会議だ。この会議には、「新型コロナウイルス(COVID-19)の研究開発について」という資料が提出された(下図)。
 この資料によると、緊急対策として総額19.8億円が措置されている。内訳は、感染研に9.8億円、日本医療研究開発機構(AMED)に4.6億円、厚労科研に5.4億円だ。
 資料には、AMEDや厚労科研を介した委託先の名前と金額も書かれている。感染研は上記と合わせて12.2億円、医療センター3.5億円、医科研1.5億円だ。さらに感染研と医科研で9000万円だ。総額18.1億円で、予算の91%を占める。予算を決めるのも、執行するのも同じ人ということになる。
 この資料の目次には、「資料3 健康・医療戦略室提出資料」と書かれている。その「健康・医療戦略室」を仕切るのは、国土交通省OBの和泉洋人室長(首相補佐官)と、医系技官の大坪寛子次長だ。最近、週刊誌を騒がせているコンビが、この予算を主導したことになる。
 大坪氏の経歴も興味深い。慈恵医大を卒業し、感染研を経て、厚労省に就職している。専門家会議のメンバーと背景が被る。
■「731部隊」関係者もいた「感染研」
 なぜ、このようなグループが仕切るのだろうか。
 背景には、歴史的な経緯、特に帝国陸海軍が関係する。一体、どういうことだろうか。
 まずは感染研だ。
 その前身は、戦後の1947年に設立された「国立予防衛生研究所」(予研)である。
 予研は戦後、GHQ(連合国軍総司令部)の指示により、「伝染病研究所」(伝研)から分離・独立した。伝研は現在の医科研だ。
 医科研キャンパスを訪問された方はおわかりだろうが、港区白金台という都内の超一等地に広大なキャンパスを有している。
 キャンパスが広いのは、かつて馬などの家畜を飼っていたからだ。感染症の研究やワクチン・血清治療の開発に利用した。
 戦前、伝研を支えたのは陸軍だった。
 伝研は、1892(明治25)年に北里柴三郎が立ち上げた民間の研究機関だ。1899(明治32)年に内務省所管の「国立伝染病研究所」となり、1906(明治39)年に現在の白金台に移転する。
 伝研の性格を変えたのは、1914(大正3)年の「伝研騒動」だ。内務省から文部省(当時)が統括する東京帝国大学に移管されることが決まったが、北里は、
「感染症対策は大学などの学究機関でなく、行政と連携すべき」
 という考えをもっていたため、猛反対した。
 背景には、当時、東大医学部の実力者だった青山胤通教授との確執や、大隈重信首相率いる「憲政本党」と原敬率いる野党「政友会」の対立などが関係した、と言われている。
 北里は、日本医師会の前身である東京医会や大日本医会のまとめ役になっており、彼らは政友会を支援していた。一方、青山は大学病院の医師を中心とした明治医会の代表を務め、「青山が北里を引きずり降ろした」という噂まであったという。
 腹に据えかねた北里は退職し、職員も従った。困った東大が頼ったのが、当時、陸軍医務局長だった森鴎外だ。
 鴎外は軍医を派遣して伝研を支えた。こうして伝研は陸軍との関係を深めていく。
 戦後、分離された感染研の幹部には、陸軍防疫部隊(関東軍防疫給水部=731部隊)の関係者が名を連ねたことなど、その一例だ。
 専門家会議の委員に感染研と医科研の関係者が名を連ねているのは、このような歴史を受けてのことだ。
 医科研の河岡教授、武藤教授が東大医学部の出身ではなく、今回のメンバーに東大医学部の関係者がいないのも、このような背景が関係する。
■軍医療機関と国立病院の関係
 では、医療センターの前身は何だろう。
 新宿区戸山に位置することから想像できるかもしれないが、陸軍の施設だ。1868(明治元)年に設置された「兵隊假病院」に始まり、1936(昭和11)年には「東京第一陸軍病院」と改称された。つまり、帝国陸軍の中核病院だ。
 敗戦で帝国陸軍が解体されると、厚生省に移管され、「国立東京第一病院」に名称が変わった。そして1993年に「国立国際医療センター」となり、2010年に独立法人化され、現在に至る。
 医療センターに限らず、多くの国立病院の前身は陸海軍の医療機関だ。
 たとえば、「国立がん研究センター」の前身は「海軍軍医学校」で、1908(明治41)年に港区芝から中央区築地に移転した。現在の国立がん研究センターの場所だ。
 敗戦が彼らの運命を変える。陸軍省、海軍省は1945年11月30日に廃止され、それぞれ第一、第二復員省となる。両者は1946年6月に統合され、復員庁となり、1947年10月に厚生省に移管される。
 中国残留孤児対策、引揚援護、戦傷病者・戦没者遺族・未帰還者留守家族などの援護を、防衛省でなく厚労省が行っているのは、このような経緯があるからだ。
 では戦後、軍医療機関はどうなっただろう。
 実は、軍医療機関は、戦後の日本医療の救世主だった。
 敗戦直後、日本の病院の大半は戦災によって破壊され、機能不全に陥っていた。GHQは、まず占領軍が使用する優良医療施設を確保し、次いで、日本国民の医療提供体制を考える必要があった。
 手をつけたのは、陸海軍が保有する医療機関の厚生省への移管だった。
 この際、全国146の軍施設が国立病院、国立療養所となったわけだが、注目すべきは、建物も職員も従来のままで診療が継続されたことだ。つまり、病院自体の組織は陸海軍のままで、名称が軍病院から国立病院に変更されただけなのだ。
 この影響が現在も残っている。感染症対策も例外ではない。
■慈恵医大につながる「海軍人脈」
 では、慈恵医大はどのように絡むのだろうか。
 キーパーソンは、高木兼寛だ。
 高木は、前出の海軍軍医学校の創設者の1人である。
 高木は薩摩藩出身の医師で、戊辰戦争には薩摩藩の軍医として従軍した。明治維新以降は開成所(東京大学の前身)で英語と西洋医学を学び、その後、薩摩藩によって設立された鹿児島医学校に入学すると、校長のウィリアム・ウィリスに認められ、教授に抜擢される。弱冠21歳のときだ。
 その後、薩摩藩出身者が仕切る海軍に出仕する。
 1875年から1880年まで英国の「セント・トーマス病院医学校」(現在の「キングス・カレッジ・ロンドン」)に留学し、西南戦争時を英国で過ごした。海軍では順調に出世し、海軍軍医の最高位である海軍軍医総監を務めた。
 高木は東京帝国大学医学部、陸軍軍医団がドイツ医学一辺倒で学理・研究を優先していることに反発し、海軍軍医学校には実証主義的色彩が強く、臨床医学を重視する英国医学を取り入れた。
 このような姿勢が、有名な脚気の予防法の確立へと繋がり、脚気対策の確立は日露戦争での間接的勝因といわれるに至る。このあたりを詳しく知りたい方には、吉村昭氏の『白い航跡』(講談社文庫)をお奨めする。
 1881(明治14)年、この高木が中心になって設立したのが、「医術開業試験」の受験予備校(乙種医学校)であった「成医会講習所」だ。これが1903(明治36)年の専門学校令を受けて、日本初の私立医学専門学校として、「東京慈恵医院医学専門学校」となる。現在の慈恵医大だ。
「慈恵」と名付けたのは、明治天皇の皇后の昭憲皇太后だ。薩摩藩出身者が仕切っていたからこそ、アプローチできたのだろう。現在も、「公益社団法人東京慈恵会」の総裁には、皇族が就任することとなっている(現在の総裁は三笠宮家のェ仁親王妃信子殿下)。
 薩摩と言えば海軍だ。このため、慈恵医大は海軍との関係が深い。明治期の海軍軍医総監の大部分は成医会講習所の関係者だ。
 慈恵医大には、この伝統が生きている。国際保健、公衆衛生の分野に多くの人材を輩出している。世界保健機関(WHO)でシニアアドバイザーを務める進藤奈邦子氏は、慈恵医大の卒業生だ。英キングス・カレッジ・ロンドン・セント・トーマス病院などで研修後、感染研に就職。2002年からWHOに勤務している。慈恵医大らしいキャリアだ。
 このように考えると、今回の専門家会議のメンバーは、帝国陸海軍と関わりが深い組織の関係者で占められていることがわかる。(つづく)上昌広
帝国陸海軍の「亡霊」が支配する新型コロナ「専門家会議」に物申す(下)3/5(木) 14:21配信?
 では、彼らと普通の臨床医の違いはなんだろうか。私は、「情報開示への姿勢」だと思う。
 敵軍と対峙することが前提である軍隊には、情報開示は求められない。情報開示による社会のチェックが受けられないため、シビリアン・コントロールが重視される。
 ただ、軍事は高度に専門的だ。政治家には理解できないことが多く、しばしば暴走する。統帥権を盾に暴走した帝国陸海軍は勿論、世界各地でクーデターが後を絶たない。
 軍隊のもう1つの特徴が、自前主義だ。軍医の立場になれば、治療薬やワクチンは自前で調達しなければならない。
 その影響は現在も残っている。
 たとえば、インフルエンザワクチンの製造だ。ワクチンの確保は軍隊にとって重要課題だ。帝国陸海軍は「伝染病研究所」(伝研)と協力して、ワクチンを確保した。
 現在も、ワクチンの製造・供給体制は、他の薬剤とは全く違う。数社の国内メーカーと「国立感染症研究所」(感染研)が協力する「オールジャパン」体制だ。
 通常の薬剤は、製薬企業が開発し、臨床試験の結果などを厚生労働省および「医薬品医療機器総合機構」(PMDA)に提出する。当局は提出されたデータを分析し、承認するか否か決める。その際、製薬企業の国籍は問われない。最近は国際共同で治験が行われることが多い。
 インフルエンザワクチンの開発は違う。
 毎年、感染研が海外からウイルス株を入手し、数社の国内メーカーに配布する。次に、各メーカーの培養結果を感染研がとりまとめ、最適な株を国内メーカーに配布する。そして、メーカーはワクチンを製造し、感染研が最終的な評価を下す。
 感染研には、その対価として施設設備費や試験研究費という形で税金が投入される。知人の感染研関係者は、
「この金が感染研の経営を支えている」
 と言う。
 通常の医薬品が、処方量に応じて、医療機関から卸を介して製薬企業に対価が支払われるのとは違う。
 だからこそ、処方量を増やしてほしい製薬企業が顧客である医師の機嫌を伺うのに対し、感染研は医師より、政府や与党を気にするようになる。
■戦前から続く「ワクチン利権」
 ではなぜ、インフルエンザワクチンだけ、通常の医薬品とは扱いが違うのだろうか。
 感染研は、
「特殊製剤で、特別な品質管理が求められる」
 と説明してきたが、この説明を真に受ける人はいない。
 私は、戦前から続く利権が残っているからだと考えている。
 現在、国内でインフルエンザワクチンを製造しているのは、「第一三共」、「KMB」、「デンカ生研」、「阪大微生物病研究会」(BIKEN財団)だ。
 第一三共は「学校法人北里研究所」から、KMBは「一般財団法人化学及血清療法研究所」(化血研)から、ワクチン事業を譲渡された。
 北里研究所は、本稿(上)で紹介した「伝研騒動」の後に北里柴三郎が設立したものだし、化血研の前身は、「熊本医科大学」の「実験医学研究所」だ。北里は熊本出身で、化血研の東京事務所は、白金台の東大医科研に隣接して存在する。いずれも伝研に近い存在だ。
 デンカ生研は、「東芝生物理化学研究所」から、1950年に独立したものだ。戦後、公職追放された宮川米次・元伝研所長が所長を務めるなど、陸軍との関係が密接だった。
 BIKEN財団は、1934(昭和9)年に「大阪帝国大学微生物病研究所」構内に設立されたもので、コレラなどのワクチンを製造し、軍に提供してきた。
 このように考えると、軍部を中心とした戦前のワクチンの開発・提供体制がそのまま残っていることがわかる。
■虚偽だった「輸入ワクチンはデータがない」
 グローバル化が進むワクチンは、世界でもっとも成長が期待できる分野だ。メガファーマ(巨大製薬企業)が参入し、その技術は日進月歩である。
 このような体制は非関税障壁となり、日本のワクチン業界を停滞させる。ツケは国民が払う。
 その一例が、2009年の新型インフルエンザの流行だ。
 日本では前述の4社がワクチンを提供することになっていた。ところが、彼らは十分な量を提供できなかった。
 ワクチン接種が始まった2009年10月19日から11月29日の報告分までに接種できた人数は、推定600万人に過ぎなかった。同時期に米国では4600万人に接種しており、メガファーマとの実力差は明らかだった。
 メガファーマは、ワクチンを短期間で大量生産するのに必要な細胞培養技術を開発していたが、国内メーカーにはなかったのが原因だ。
 ワクチンを確保すべく舛添要一厚労相(当時)は、「ノバルティス」(本社スイス)などから合計9900万本のワクチンを緊急輸入した。
 この時厚労省は、積極的にワクチンを輸入する気はなく、「輸入ワクチンは危険」というネガティブキャンペーンをはった。パブリックコメント募集時には、
「国内では使用経験のないアジュバント(免疫補助剤)を用いている」
 など不安を煽った。
 輸入ワクチンの審議に参加した当時の感染研幹部は、
「輸入ワクチンはデータがない」
 と虚偽の主張をした。
 真相は逆だった。
 輸入ワクチンは海外で治験が実施されていたが、国産ワクチンは全く治験を行っていなかった。
 今回、政府が設置した「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議」の委員を務め、当時、感染研の感染症情報センター長だった岡部信彦氏は、2011年9月7日の『日経産業新聞』で、
「技術的な問題はあっても産業育成の観点から国内メーカーを優先するのはやむを得ない」
 と述べている。
 自国の産業を育成するか、海外から輸入するかは、国民あるいは政府が総合的に判断することだ。医師や感染症の研究者に求められる判断ではない。
 このような発言を公務員が公言するのは異様だ。彼らの本音が透けて見える。自前主義、言い換えれば「官民カルテル体制」を死守したいのだろう。
■厚労省方針は「人体実験」
 新型コロナウイルス対策でも同じことが起こっている。
 その象徴が遺伝子検査(PCR)だ。
 多くの医師・患者がPCRを希望したが、相談窓口の保健所で断られた。このことは国会でも取り上げられ、社会問題となった。
 世間の批判に曝された厚労省は、2月18日から、1日あたりのPCR実施数を3800人に増やすと発表したが、1週間後の25日時点の検査総数は1017人で、前日から104人しか増えていなかった。
 韓国は1日あたり5000人の検査体制を構築し、26日午前9時時点で4万5008人が検査を終えていた。
 なぜ、日本のPCR件数が少ないのだろうか。
 専門家会議の副座長を務める尾身茂氏(独立行政法人地域医療機能推進機構理事長)は、
「国内で感染が進行している現在、感染症を予防する政策の観点からは、すべての人にPCR検査をすることは、このウイルスの対策として有効ではありません。また、既に産官学が懸命に努力していますが、設備や人員の制約のため、すべての人にPCR検査をすることはできません。急激な感染拡大に備え、限られたPCR検査の資源を、重症化のおそれがある方の検査のために集中させる必要があると考えます」
 と説明している。
 この説明は苦しい。韓国にできて、日本にできない理由は考えにくいからだ。
 国内には約100社の民間検査会社があり、約900の検査センターを運用している。1つの検査センターでは1日あたり、控えめに見て20人を検査するとしても、1万8000人が可能になる。
 さらに尾身氏の発言は、彼の本音を曝け出している。
 彼が求められたのは、専門家としての意見だ。彼が紹介すべきは韓国の取り組みなどの具体的な事実であり、政策的な判断ではない。
 なぜ、ここまで強硬に抵抗するのだろうか。それは、検査数が増えれば感染研の処理能力を超えるからだろう。
 感染研は「研究所」だ。現在のPCR検査が「研究事業」の延長だからこそ、臨床医がPCR検査を必要と判断しても、断ることが許容されている。高齢者は2日以上の発熱が続いた段階で帰国者・接触者相談センターへ相談するとか、PCR検査は肺炎の確定診断に用いるなど、おかしな基準が罷り通る。
 早期診断・早期治療は医療の鉄則だ。
 特に高齢者は、治療の遅れが致命的になる。
 発熱すれば体力が低下し、脱水になる。2日間も我慢せず、点滴や解熱剤を服用した方がいい患者もいる。インフルエンザなら、抗ウイルス剤を服用した方がいいだろう。
 さらに、高齢者の肺炎は、殆どが致命的だ。PCR検査で新型コロナウイルス感染の診断をつけても、データを集めるという意味では意義があるが、患者にとっては無益だ。
 専門家の提案に従った厚労省の方針は、まさに「人体実験」といっていい代物だ。
■「命」より「データの独占」
 なぜ、このような異様な提言が専門家会議で罷り通るのだろう。
 それは、新型コロナウイルス感染が拡大し、多くのPCR検査を求められれば、やがて感染研では対応できなくなるからだ。
 1日に何万件もの臨床検体を取り扱い、事務手続きや会計処理をするのは、民間検査会社でなければ不可能だ。検査希望者が増えれば、やがて彼らがコントロールできない状況になる。
 彼らが怖れているのは、ここだろう。
 このことを示唆する所見は、いくつもある。
たとえば、厚労省は大手検査会社の「みらかグループ」と「BML」に協力を依頼したが、彼らがクリニックから直接検体を受託することを規制した。
 みらかグループが医療機関に送った文章をご紹介しよう(下図)。
 彼らは、
「本検査は厚生労働省及びNIID(筆者注・感染研のこと)のみから受託するものであり医療機関からの受託は行っていません」
 と記載している。体裁上はみらかグループの自主的な動きだが、どのような背景があるかは容易に想像がつくだろう。
 あまりの酷さに、「内部告発」も出始めた。
 2月28日、『テレビ朝日』の『モーニングショー』に出演した岡田晴恵・白?大学特任教授は、以下のように発言した。岡田教授は感染研ウイルス部の元研究部員だ。少し長くなるが引用しよう。
「(PCR検査が公的医療保険の適用対象になるからといって)クリニックから直接(民間のPCR検査を依頼できるかどうか)ということはまだわかりません。ちょっと待ってくれと、中枢の先生方が言われたからです。
 私はうがった見方をして、オリンピックのために汚染国のイメージをつけたくないという大きな力が影響しているのかなと思って、先生方に聞いたのですが、『そんなことのために数字をごまかすほど、肝の据わった官僚はいない。これはテリトリー争いなんだ。このデータはすごく貴重で、地方衛生研究所からあがってきたデータは、全部、国立感染研究所が掌握しており、このデータは自分で持っていたいと言っている感染研OBがいる。そのへんがネックだった』とおっしゃっていました。ぜひ、そういうことはやめてほしい。人工呼吸器につながれながらも、確定診断してもらえない人がいるんです。数万人の命がかかっています」
 岡田教授は、全国ネットのテレビで実名で告発したのだから、相当な覚悟だろう。そして、多くの国民は彼女の発言を信じるだろう。彼女の声は、どこまで届くだろうか。状況は暗い。
■「日本版CDC」は「731部隊」の復活
 新型コロナウイルス対策の迷走を見て、アメリカの「疾病予防管理センター」(CDC)のような「感染症の司令塔」がないことが問題だ、という論調が強まった。
 今回の流行が落ち着いた段階で、政府は新組織を含む体制強化を検討することを表明している。
 彼らの目標は、「日本版CDC」になることだ。一体、CDCとは何だろう。それは軍隊と密接に繋がる組織だということだ。
 米CDCは、第2次世界大戦が終わった後の1946年7月に国防省のマラリア対策部門の後継機関として立ち上がった。戦前の日本の伝研に相当する組織で、日本が第2次世界大戦で勝利していたら、伝研は日本版CDCとなっていただろう。
 CDCの特徴は、政府とは「独立」して、感染症対策を立案・遂行できることだ。現在、強力なCDCを有するのは米国と中国だけだ。私は、強大な軍事力と表裏一体だと思う。
 安倍官邸は医療の素人であり、医療についてはわからない。今回の対策を仕切ってきたのは、感染研・医系技官・医科研・慈恵医大のカルテットだ。安倍政権が介入しようとすれば、「専門家の意見を聞かない」と反発する。
 2月27日、安倍晋三首相が全国の小中学校と高校、特別支援学校を臨時休校することに決めた際には、専門家会議メンバーらは、
「専門家会議で議論した方針ではなく、感染症対策として適切かどうか一切相談なく、政治判断として決められたものだ。判断の理由を国民に説明すべきだ」(岡部信彦氏)
「政治的な判断だ。科学的な知見に基づいての提言ではない」(吉田正樹氏)
 と猛反発した。
 繰り返すが、彼らに求められるのは、専門家としての意見で、政治的なプロセスを批判することではない。私は違和感を覚えた。
 現実に感染研・医系技官・医科研・慈恵医大のカルテットは、CDCとしての機能を有している。彼らが求めているのは、CDCを法的に保証し、予算を増額することだ。
 果たして、それが国民のためになるのだろうか。新型コロナウイルス対策での彼らの言動を聞くに、私は甚だ不安だ。
 CDCとは畢竟、政府と独立して機能する専門集団だ。情報開示の圧力を避け、独走することが可能になる。まさに、「731部隊」がやったことだ。果たして、そんなものが日本に必要なのだろうか。
 私は、帝国陸海軍の亡霊たちが、専門家会議の委員にとりつき、復活を果たそうとしているように見える。令和版『犬神家の一族』かもしれない。
上昌広

テレビ朝日「羽鳥モーニングショウ」の「玉川徹 そもそも総研」から

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