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平成の虚無僧一路の日記

溺れる者には・・・ 

2011年07月09日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



7/8 (金) 名古屋駅前

一昨日「岡崎まで帰る金が無い」からと、無心してきた若者が
また寄ってきた。財布をごそごそ開けているから、「(貸した?)
金を返しにきたのか」かと思ったら、1円玉を6個入れてから、
「この前もらったお金(1,000円札)を 落としてしまったので、
岡崎に帰れなかった。もう2日、何も食べてない。千円有り
ますか?」と、小声でブツブツ。

「今日は、まだ一文無し」と断る。なまじ、お金を持って出ると、
こうして無駄に出ていってしまうので、今日は私も一切持たずに
出た。

しばらくして、またやってきた。「お金は入ったか?」と。

いい若者が、全く情けないと思ってしまう。私は、どうしても
上から目線だ。同情はできない。

子供の頃読んだ、「山本有三」の『波』の一節。「ドブの中の
ボウフラがかわいそうだからと、一匹一匹つまんで洗面器の
の中に入れてあげても、それが、ボウフラにとって幸せだろうか」
というくだりが、常に頭の中にある。

「溺れる者は 藁(わら)をも掴む」というが「溺れる者に藁を
差し出してはいけない。溺れる者は、とことん沈めてあげる
のが本人のため」という格言?も耳にしたことがある。

私自身、借金地獄の時の体験からもそう思う。少しばかりの
援助では救われないのだ。

「さっき布施いただいたお金(6円)が、100倍にも1千倍にも
なって返ってきますよう、祈らせていただきます」と、尺八を
吹き続けた。

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