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生きること、死ぬこと(4) 

2019年08月04日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



生きるのが怖い



五木寛之氏への問い
 ☆仕事のストレスなどで、同世代で突然死する人が多くいます
 ☆同世代の訃報に接するたびに、自分が死ぬのが怖くなります
 ☆死の恐怖や不安を鎮めることはできるのでしょうか
これからは「死の恐怖」より「生の恐怖」
 ☆自分の死を恐れる人は多いと思います
 ☆恐怖や不安を多少でも消すには
 *死というものをしっかりと見つめる必要があります
 *自分は死を恐れている理由を考えてみる必用があります
 *死にかぎらず、人間は自分が恐れる、不安に思うものを遠ざけます
 *目をつぶって見ないようにします
 *遠ざけたところで、不安や恐怖が消えることはありません
 ☆目をそらさず、正しく向き合えば、
 *その対象のありようを客観的かつ合理的に見ることができる
 ☆長く生きれば生きるほど
 *「経済(お金)の恐怖」に直面せぎるを得なくなる
 *体は健康で長生きても、認知症になる可能性もあり得ます
 *「認知症の恐怖」も、生の恐怖
 ☆死ぬのは、たいして怖くはない
 ☆それよりも、生き続けることの方が不安が恐ろしい
 ☆そんな時代になっていくのではないでしょうか

幸福な死



五木寛之氏への問い
 ☆今の社会は利益追求と競争ばかりで殺伐としている気がします
 ☆人が幸せを感じる生き方、その真逆にあると思います
 ☆五木さんはどう思われますか
幸せな生き方とは、すなわち幸せな死に方
 ☆「恒産なくして恒心なし」の言葉もあります
 *それなりの財産がなければ
 *安らかな状態に保って他人のことを思いやることも出来ないとの考え方
 ☆利益を追求することは、一概に悪いことだと決めつけることはできません
 ☆経済的に満たされていれば
 *人は幸せかと言えば、それもまた違う
 *生きる上で、お金はある程度は必要です
 ☆幸せな人生の絶対条件ではない
人が幸せを感じる時
 ☆自分が抱える「飢え」が満たされたとき
 *自分にとっての飢餓感が満たされていなければ
 *人は幸せを感じることができないでしょう
 ☆必死に求めても、得られないもののひとつが健康
 *医療が進歩しても、解決できず、生まれ持った運命として諦めるしかない
 *つらいことですが、人生とは不条理なものなのです
 ☆幸せな生き方を求めるのであれば
 *幸せな死に方についても考えていかなければなりません
 *「いかに生きるか」は、すなわち「いかに死ぬか」です
 ☆自分の一生を振り返ったとき
 *後悔がひとつもないという人も稀です
 ☆死ぬときは、痛みもある.悔いもあるでしょう
 ☆自己の死を肯定して、思いの場所へおもむく安心感に満たされてこの世を去れる
 ☆それは幸福な一生だったと言えるのではないでしょうか
知識・意欲の向上目指し、記事を参考・引用し、自分のノートとしてブログに記載
出典内容の知識共有、出典の購読、視聴に繋がればと思いブログで紹介しました
 ☆記事内容ご指摘あれば、訂正・削除します
私の知識不足の為、記述に誤り不明点あると思います
詳細は、出典記事・番組・画像で確認ください
出典、『元気に下山』、画像:『元気に下山』記事より画像引用)

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