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シニアの放課後
<シオトリの唄> 序 & @
2018年10月01日
テーマ:小編物語<シオトリの唄>
<シオトリの唄>
シオトリ:海苔作業をする男衆のことをシオトリと呼ばれていました。
現在住んでいる 大田区大森 という地区は 昭和37年まで 海苔養殖
が行われていました。
その頃の海苔業をテーマを主に拙ない物語を書いてみました。
よろしくお願いします。
〜〜〜〜〜♪ 〜〜〜〜〜
〜シオトリの唄〜
梅雨間に、今日の青空は透き通るように晴れ渡っていた。校庭を走り過ぎるように舞った砂埃りに、大声掛け合って遊んでた頃の姿が想い浮かんだ。
「大きくなったな、これくらいだったのに」
隆ちゃんが頭上に右手をかざし、新緑に覆われた銀杏の木を見上げたのに、みんなもつられるように仰いだ。
「二〇〇〇年の予定だったのに。でも、もうすぐね、私たちの宝石箱、今度は開けるよね」
銀杏の木と金網塀の隙間、小さな花壇にちょこんと挿してある木札の傾きを、順子がしゃがみ込んで直した。
校庭正面の築山横にある銀杏の木に、幹夫たちは集まっていた。
「幹ちゃんのせいだったよ、な。それでよかったんだけど」
隆ちゃんは、銀杏の木を数回殴る仕草をしてから幹夫を見たが、怒ってるのではなかった。
桜の森小学校を卒業する時、幹夫たち六年二組のクラスで約束をした。
『二〇〇〇年一月一日一時、銀杏の木に集まろう』
卒業記念を何にするか、という時間に、二〇〇〇年一月一日、数年前にできた東京タワーの展望台でクラス会をしよう、という話になったのだった。
その時、幹夫は覚えていた。
「校庭に銀杏の木を植えて、みんなで記念の物を一緒に埋めようよ」
父の誠三が、親戚の自転車屋のおじさんから貰ってきた背丈ほどの銀杏の苗木を庭に植えたばかりのことを思い出し、言ってみたのだった。
「そうだ、それもいいよ」
良くんにみんなも賛成して、苗木を探したが、見つからなくて、幹夫の家の銀杏の木を植え替えることになっても、誠三はそのことを喜んでくれた。
「大切にして残したいもの、とか…」
担任の村中先生は、あれこれ例をあげて、みんなでなんども話し合った。
「未来の僕、私への手紙は、全員が書くこと。池上の力道山の家に遊びに行って、プールに落とされた光明くんの一緒に写した写真とか。九ちゃんのレコードとか、これは残ってるね。はずかしい通知表でもいい。誰か、有名になってるといいね。先生もね、何か残したいね…」
村中先生は、教師として最初の生徒が幹夫たちだった。同じクラスを五、六年と担任の後、幹夫たちの卒業と一緒に他の小学校へ転任となった。
銀杏の木と六年二組の箱は、みんなのちょっとした心の楽しみとなったが、心配の種でもあった。太い支柱に支えられていても、枯れはしないか抜かれはしないかと、近くを通るたびに新川沿いから金網塀越しに、ひょろっとした銀杏の姿を垣間見るだけでほっとしたものだった。みんなの中の銀杏と六年二組の箱は少しづつ心の隅に、それでも同級生たちの立ち話のきっかけになっていた。
二〇〇〇年一月一日午後一時、昭和三十七年桜の森小学校卒業生六年二組の生徒たち、村中先生と他にも、みんなが銀杏の元に集まった。
見守る中、数人の男たちが花壇の下を掘り進むにつれて、覗き込む男女の輪も窮屈そうに狭まり、地中から箱の一部が見えた時、ため息が、うぉっーという声も、拍手もまばらになった。
幹夫もこの日を心待ちにしていたが、ふと、これで終わっちゃいけないんだ、という想いがよぎった。
「みんな、やめようよ。見るのやめようよ。このままにして置こうよ」
突然怒鳴るように、幹夫は力を込めて言ってしまった。一斉に、みんなが幹夫を見た。
「開けたら、それで終わりだよ。僕も今の今まで、ほんと、見たいと思ってた。でも、うん、もう少し、心ん中に閉まって。このまま…」
思いもよらなかった幹夫の言葉にざわめき立ち、見たいという人が多かったが、そうしようと言う人もいて、ああでもないこうでもないと始まっていた。
「幹ちゃん、冗談で言ったんだよな。でも…」
少しの間を置いて、良くんが、ちょっと幹夫を咎めるように言ってから続けた。
「それがいいかも知れない。今まで、ちょっとした夢を、なんとなくちょっと楽しかったような。宝石箱、もう少し先への贈物にしても。なんだこんなものって、思われるかもしれないが。でも、幹ちゃん。余計なこと言わなきゃ、今ごろ、ああでもないこうでもないって、みんな単純に喜んでいたのに…」
良くんは、幹夫の言うことを引き継いでくれた。
村中先生は、うんうんと頷かれていた。一度見てから、埋めようという意見もあったが、二〇一二年の六年生と一緒に考えよう、ということになった。
「その時も、やめよう、と言うおじいさんがいるかも。なあ、幹のおじさん、今度は言うなよ」
誰かの言葉に、今度は一人でも見るとか、生きていたいなあとか、軽さを混じえての言葉が飛び交っていた。
みんなで、今日の想いを寄せ書きにして、しっかり包んで宝石箱の上に置いた。土を被せて花壇を作り、『二〇一二年六年の皆さんと』、裏に『昭和三十七年三月卒業六年二組 銀杏』と書いた木札を挿し残した。
今年に生まれる子たちが六年生になるのを待つんだな、と誰かが言った。
「それでよかった。しかし幹ちゃんは、よくあんなこと言ったよな」
「今度は、チラッと見て、生徒たちと一緒に残したいね。二〇五〇年まで? いやいや、いつまでも今日の日、みんながここへ、来たくなるように…」
会話が途切れ、校庭の静けさを感じながら誰かが話し出すのを待っていた。
瞬の間の沈黙を破るように、祭囃子の笛、太鼓の音に重なり、子供たちの賑わう声がかすかに聞こえてきた。
諏訪神社の例大祭の日だった。銀杏の下に集まって、なんとなくの無駄話をするようになったのは二〇〇〇年の今日からだった。
「はじめ、三十八年後のことなど考えもしなかったわ。心待ちしてたわけでもないのに、もうすぐ五十年よ。今度もたくさんの人に会いたいわね」
幹夫はもう一度、青い天空に向かって伸びた銀杏を見上げた。誠三は、銀杏を見に来たことがあったのだろうか、一度連れて来たいと思った。
*
深夜の一時過ぎ、誠三は綿入れ半纏を羽織っての出かける準備をしてから、幹夫を起こし始めた。
「その気になったのね。いつかはと思っていたけど」
ふみ子は止めるのでもなく、それならそれでいいという感じだった。
「連れてったる。今日は、天気もいいし」
ふみ子に励まされたのだと揺さぶりほっぺたを叩いたりしても、幹夫はぐずっていた。
隣に寝ていた大学生の夏夫は目が覚め、黙って見ていた。誠三が怒ってるのかと、今まで幹夫には口でさえ叱ったのを見たことがないのに、こんな時間でもあり、おやっと思ったのだった。夏夫と高校生の弘子と、少し離れた末っ子が大事にされていたというより、誠三だけが勝手に甘やかし過ぎて、幹夫のぐずりもうれしいことのようだった。
「海に連れてく。夏夫も一緒に行ってくれ」
「幹は、まだ早いよ。なんで今日なの?」
夏夫も数年前まで、時々海に出たことがあり辛く大変なことでもあったから、無理させなくてもと思ったが、前から幹夫を海に連れてってやりたいという誠三の気持ちの強いこともわかっていた。
「いいことだけど、今日連れてっても、理解できるかどうか、わからないよ」
「今日、わからんでもええ」
幹夫がちょっと悪さしたことを話し、天気はよさそうでも、海で五、六時間も続けられるか、我慢できなかった時に面倒を見てくれということでもあった。
「久しぶりに海へ出るのもいいね、うん、わかった。幹、起きろ」
幹夫の身体をくすぐると、誠三は、後押しされたように布団に立たせた。
幹夫は目を覚ましながらも眠けまなこだったが、海へ連れて行くということがわかると喜んだ。
「ほんと、とうちゃん。うん、僕、海苔採るよ」
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〜続く〜
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