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ぴよこのはなまる日記
防災の日に思う
2018年08月31日
テーマ:テーマ無し
毎年この日が来ると、私が子供のころによく祖母が体験した関東大震災にまつわる話を聞いたこと思い出す。
シニアナビの皆さんも、きっといろいろな人からあの日のことを聞いていらっしゃるこことと思う。
祖母はその時まだ15歳で、女学校の二学期の始業式の日、ちょうどお昼のお弁当を食べるときだったという。
その日の夜になって、祖母の実家の栃木県からも東京の火事の火が赤く見えたというのだから、どれだけ大きな災害だったか想像がつく。
その後2,3日すると、汽車に乗って身寄りを頼ってくる被災者がやってくるようになった。
祖母もその人たちのお世話で忙しかったという。
女学校の生徒もみんなお手伝いに駆り出された。
今でいうボランティアということか。
汽車が駅に着くたびに、大勢の被災者が降りてくる。
どの人もすすにまみれて、疲労困憊、着の身着のまま。
まず被災者には水とおにぎりをふるまう。すると、あまりにも空腹だったらしく、噛むのももどかしいほどに食べる。
中には赤ちゃんをおぶった母親もいて、自分が食べる事に夢中で、空腹で泣き叫ぶ赤ん坊はそっちのけ。
そういう日が何日か続いたという。
多感な15歳の少女には、その光景はきっと相当衝撃的に見えたと思う。
「本当にひどかった、気の毒だった。
あの人たちはその後どうなったんだろう。みんな無事に暮らせたかな」とよく話していたっけ。
自然の力には人間は逆らえない。
それが悲しい。
せめて明日の防災の日は、祖母の体験した話を思いながら過ごそうと思う。
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終戦
震災の頃は私知りません
ただ終戦の1か月前 私も15歳でした空襲で焼夷弾の中を逃げ廻りました
夜中15歳ですから焼夷弾が来る中を
潜る様に逃げ市全部焼け その焼けトタンと残りの柱で雨防ぎ そんな生活しました7月に焼け8月に終戦でした
国の戦いでも何も見てもらえなかったではないでしょうか
2018/08/31 13:56:23