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たかが一人、されど一人

「戦争」とはなにか? 

2018年08月17日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し

不思議ではないのかもしれぬがお盆が過ぎた途端、今日は朝から爽やかな秋風が吹いている。明日遠くから新盆の弔問に来て下さる予定の方がおられて、暑さの中申し訳なく思っていたので、この天気が明日まで続くことを切に願う。今年のお盆は何となくぼ〜と過ごしてしまったが、涼みがてら行った区立図書館で読んだ本、雑誌等々で、やはり先の戦争関連で思うところが多かった。中でも15日の夜にNHK総合で放送されたNHKスペシャル「ノモンハン 責任なき戦い」はすっかり見入ってしまった。1940年生まれでありながら、先の大戦と言えば日本が英米欄辺りを中心とする連合軍(結果的には数十か国になったらしいが)を相手に1941年12月8日の宣戦布告から1945年9月2日の東京湾上のアメリカ戦艦ミズーリの甲板上における降伏文書への調印を言うのかと長いこと思っていたものだ。少し長じて満州事変や支那事変、更には張作霖爆殺事件と大正時代くらいまでは遡って見なければならぬだろうぐらいには思い始めてはいたが、その中でソ連を相手に行った戦争、所謂「ノモンハン事件」については殆ど念頭になく、先の大戦のきっかけは飽くまで対支那(現中国)で考えればいいとばかり思っていた。歴史を知らないとは恐ろしいことだ。そのつもりは無くてもどうしても夜郎自大になってしまう。軍部のせいで「一時的に道を間違えた」では済まぬだろう。亡き婆さんが「縄文弥生なんてどうでもいいから。義務教育中に現代から遡って150年せめて100年くらいは丁寧な日本史教育をすべき。」と言っていたことを改めて思い出す。安倍総理が言うところの「あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。」とは天と地ほどの開きがある。自分が理解できていなかったのだから、子供たちには何も教えてこなかった。大きな悔いが残ってしまった。このお盆に読んだ本、前述のテレビ放送何れも日本人のマインドが戦前と少しも変わりがないことに警鐘を鳴らしている。終戦から73年も経ちながら日本のメディアや教育者は未だに事件事変と戦争を使い分けている。「戦争の惨禍を二度と繰り返さない。」の戦争とは何か、はっきり言ってくれ。

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