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<心に成功の炎を>89 

2018年07月19日 ナビトモブログ記事
テーマ:中村天風<心に成功の炎を>

 <訓言六> すぐれし人には絶対に不運というものは来ない。

 これはもうね 簡単な証明ですぐわかる。
 どんな文豪の作った小説でも戯曲でも すぐれた人というものはめったに小説の中心人物に出てこないだろう。もしも中心人物にすぐれた人がでてくりゃ 小説や戯曲があまりに平和すぎて 事件がなくなっちまうわ。涙にむせんだり 血を流したりするようなことがなくなるよ。だから 小説家は なるべくひん曲がった人間を主人公にして テーマを豊富につくりあげることが秘訣だと思ってる。
 そこだ さあ すぐれし人 言いかえると いわゆる昔の人が言った すべての真理を知ってる聖賢の周囲には いわゆる不運というものは絶対に来ないんだ。こないというより むしろ発生しない。
 そこで次に知らなきゃならないのは この聖賢というのはどういう人なんだろう。それは 心が単に積極的であるばかりでなく 本当の心の強さの中に<気高さ>を持ってる人のことなんだよ。はてな 心の中の気高い強さというのはどういうんだろうと思うだろう。それは結局要するに 卑屈にやせ我慢で強さをつくろうとするのでなくて 淡々として 少しも気張らずに強くなりえているのを気高い強さという。
 これほどかんで含めて言って聞かせてわからない人は よほどこれは分からず屋というより むしり頭からわかりきれない 脳味噌の痺れてる人なんだよ。
 心の強さの中に高尚な品位を持たない人は 神のつくった人間という尊い作品を 自ら物好きに悪魔の玩弄物にさせているような人間なんだぞ。

<訓言七> 本当に幸福を感じうる人というのはどんな人か。

 どうだい? お集まりの中で幸福を感じてる場合のほうが多いか 不幸を感じてる場合のほうが多いか。自分自身は自分自身がよく知ってるから 知ってる自分を対象として これから私の言うことを聞いてごらん。こういう人が本当の幸福を感じて生きてる人なんだ。 
 その心の中に絶えず高尚な積極的観念が熱烈に燃え上がって生きてる人。どう? そういう人は よしんば仮に はたから見て大きな不幸だなあと思うようなものがこようが 悲しみがこようが すべてをその高尚な積極的な心的態度で美化 善化して 幸福化してしまっているのであります。本人が幸福化している以上は 不幸はありゃしねえ。幸福というものは 主観的断定だもん。

<訓言八> 運命を正しく征服するための二つの教え。

 第一 我々は 悪魔が好んでおこなおうとする悪いことの反対を実行してこそ いつも完全に運命に勝つことができて幸運になりうる。
 第二は 何事でも 人生に生じた事柄をすぐに運命だと早合点するような軽率な行為がなくなったならば 人生の安全や幸福や平和がどのくらい増進するかわからない。

 <訓言九> 人間の意志とか知恵とかいうものは 絶えず細心の注意と修養を施して その向上を完全にするべく 入念な訓練を与えなければならない。

 西洋の有名な劇作家イプセンの言った格言の中に 人生の一切のことはみんな人間の意志と知恵とで支配でき また解決できるといったのであります。私はこのイプセンの格言には大事なことが一つ不足していやしないかと思うんだ。
 その不足してる大事なことは何だというと 医師とか知恵とかいうようなものは 絶えず細心の注意と修養とを施して その向上を完全にするべく 入念な訓練を与えないと この目的を達成することができないということ。これをイプセン 忘れたのか 気がつかないのかなあ。
 ちょうどそれは 軍隊がいかに国家 国民を守るものだとはいえ 正しい訓練を与えられていない軍隊は 完全にその兵力を発揮することはできないでしょう。それと同様だ。意思も知恵も 訓練を施さないと その性能を本当に発現できない。

―続くー



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