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怨霊におびえた平安貴族(1) 

2018年07月07日 外部ブログ記事
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悪霊を神として祀る日本の風土は世界でも類を見ない

平安時代の政治と宗教
 ☆平安時代は王朝文化が開花した時代
 (貴族社会の文学(源氏物語や枕草子)にみられ一見華やかな貴族社会)
 ☆実態はさまざまな不安におびえ続けた社会でもあった
 ☆地震や台風、落雷といった天災の発生メカニズムを知らない日本人
 ☆神が怒ってそれを引き起こしていると考えた
 ☆「災い」は、無念の死、非業の死を遂げた人の怒り、祟りとも考えた
 ☆天皇の跡継ぎ問題等の権力欲に駆られた陰謀は、後を絶たない
 (長屋王、早良王の政争のあとの非業の死)
 ☆天皇や貴族は、宗教の神秘的な力を借りて悪霊から逃れようとした
 ☆政敵を呪術で調伏するよう依頼しその敵が敗れると祟りとなる
 (政敵の死者の霊の怨霊退散の祈祷を依頼した)
菅原道真の崇りと神格化
 ☆平安貴族の最大級の怨霊事件が菅原道真の怨霊です
 ☆右大臣に上りつめた菅原道真、左大臣藤原時平の醍醐天皇への讒言で、大宰府に流された
 ☆失意のままに道真が死ぬと、時を同じくして平安京に災いが降りかかる
 (藤原時平が若くして死去、醍醐天皇の親族など、道真を退けた当事者たちが次々に死亡)
 (災害はさらに続き、内裏を落雷が直撃し死傷者を出しました)
 ☆都では道真の怨念が怨霊となったと噂され、醍醐天皇も道真の名誉回復を行う
 (崇りは収まらず、醍醐天皇までがこの世を去る)
 ☆道真の霊対策はスケールアップし神として祀る
 ☆一条天皇の勅命で祭祀が行われ「北野天満宮天神」の神号が道真に授けられた
 (「北野天満宮天神」天皇の行幸も行われた)
知識・意欲の向上目指し、記事を参考・引用し、自分のノートとしてブログに記載
出典内容の知識共有、出典の購読、視聴に繋がればと思いブログで紹介しました
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詳細は、出典記事・番組・画像で確認ください
出典、『手にとるように宗教がわかる本』


悪霊を神として祀る日本の風土は世界でも類を見ない
(『手にとるように宗教がわかる本』記事より画像引用)

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