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シニアの放課後

<心に成功の炎を>67 

2018年06月23日 ナビトモブログ記事
テーマ:中村天風<心に成功の炎を>

 ある八つ時の物語の際に 一人の近習が進み出て
 <恐れながら お耳を汚し奉ります>
 <なんじゃ>
 <巷のうわさにござりまするから 何とぞお聞きすてを>
 <斟酌いたすな 何事か 申し立ててみ>
 <品川東海寺住職沢庵禅師のことにござりますが>
 <品川の東海寺の沢庵が何といたした>
 <巷のうわさにございます>
 <くどい。聞き捨ていたすから申せ>
 <夜な夜な酒事あそばされるよし>
 <なに 沢庵禅師が毎晩酒盛りしてる? これは面妖な。禅家はたしか酒は禁物。それでも酒盛りいたしおるか>
 <巷のうわさにござりますれば>
 <だがしかし 火のないところから煙は立たない。よろしい。次に登城のみぎり 余がじきじきに尋ねてみよう。しかし 待てよ。あの沢庵という坊主。なかなか一筋縄でいかぬやつじゃ。飲むかといえば 飲まないというかもしれない。飲まないかといえば 飲むというかもしれん。とかく 右といえば左といい 前といえば後ろという>
 飲むといったらかくいたせ 飲まないといったらかくいたせと 近習に何事かを示し合わせて 沢庵の登城をまっている。
 七日にいっぺんづつご機嫌伺い。定めの日に出てきた沢庵。挨拶は紋切り型であります。
 <おかわりもなくいらせられ ご尊顔を拝し奉り 沢庵 恭悦至極に存じ奉る>
 そうすると 将軍はまた そっくり返って えらくもないのにえらそうな顔をして
 <そちも堅固で重畳>
 型どおりの挨拶がおわって 沢庵が
 <しばらば ご機嫌うるわしゅう>といって 恭しく後ろへ引き 退座しようとしたときに家光が
 <あいや 沢庵禅師 まだご用がある。ちと相尋ねたき儀がござる>
 <何事にござりましょう>
 <巷のうわさじゃ。気にかけずに聞かれたい>
 <はて 面妖な。いかなるうわさがお耳に入り奉りしや>
 <禅師は夜な夜な酒事なさる由 まことか 偽りか>
 <はて 人の耳にはふたができず 口には戸が立てられない。よく言うたものにござります。沢庵 酒は大の好物にござります>
 <はてな されど 禅家は葷酒山門に入るを許さず。それでも御身は酒をたしなまれるか>
 <されば 沢庵は酒を口で飲みます。心では飲みません>
 万事この意気で ポンポンとやられちまう。だから 将軍はあんまりおもしろくありません。つかまえどころがないんだから。
 多分きょうは そういう答えをするであろうと思っている家光もまんざらばかじゃない。
 <さようか。今まで存じないこととはいえ しからば ちょうど幸い 昨日 灘の生一本が到着。ふた開け早々の名酒 ぜひ奉れ>
 <おう>と答えて 示し合わせてあるんですから 徳川家重代伝わる<金剛>と銘打った一升五合入る杯へ酒をなみなみと注いできた。いくら酒好きでも この杯を見たらひっくり返っちまうだろう。
 ところが 昔は <斗酒なお辞せず>なんてのがいたんだな。斗酒というと一斗の酒だ。
 好きなものにはつい心を奪われる沢庵禅師。小姓が<下されものにございます>といって 酒をなみなみと注いだ。目を細めて沢庵が<ありがたくちょうだい>。口元へもってきて 一応はにおいをかいでおいて あの泡を吹かないと飲めないんだそうですな。泡食っちゃいけないんだそうです。酒飲みどころはだれでも知っている。大きい入れ物で酒を飲むときに泡を向こうへ吹き寄せるんだそうです。

―続くー



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