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シニアの放課後
<心に成功の炎を>8
2018年04月16日
テーマ:中村天風<心に成功の炎を>
私は16のときから 日清 日露の両役を通じて 今の人がぜんぜん創造もできないような 命がけの いつ殺されるかわからないような軍事密偵となってご奉公してきた。その当時の私の強かった心なんてものは 病になって 危篤に陥ってから ぜんぜんどこの隅にいったんだか わからなくなっちゃったんです。
これは 一週間ばかりでやめましたけど 私 お恥ずかしいことしちゃったんだ。あるとき ヒョイと気がついたら 一生懸命に自分で脈をとってる。かりそめにも 医学を知ってる人間 自分の脈を自分の手でとって何がわかる。これはまさに神経が過敏であると思いましたよ。今まさに死ぬというような自分の脈を取って<あ 脈が止まりそうになってるから生きよう>と思っても 生きられやしないもん。
そして 病が結核病であったから 熱がしょっちゅう絶え間ない。熱があるのが結核病だって事は知っていながら 脈をとるような変なことをしだしてから 今度は暇があれば体温計で自分の熱をはかってる。熱がまたしょっちゅう気になる。
そして ばかなことに 自分ではかって<7度5分てことがあるか もっとあるはずだがなあ もう一回はかれ>ってなことをしていた。
しかしね 我ながらなんていうあさましい 弱い気持ちになったんだろうと思いましたよ。人にも誇り 自らも許した あの強かった昔のおれはどこにいっちゃったんだろうと。
これはいくらあなた方に申し上げても 実地に見たんでないから おわかりになりますまいけれど 浪花節や新国劇(編集注 天風師の軍事密偵生活をモデルにした劇<満州秘聞>脚色 武田敏彦 主演 島田正吾)でよく私のことをやってくれますが 思い起こせば もう50年も昔 明治37年の3月21日 ちょうど今日みたいなうららかな天気の日でした。断頭台上に後ろ手に縛られて立たされた。そういう運命をもってる私であります。そのときの助けられた状況を新国劇や浪花節でうたってくれてるんですが そのとき私はね 死に対する恐怖はこれから先もなかったんです。
軍事密偵を志願して採用されたとき 川村元帥に<おまえは尊いお国のために人柱になる人じゃ。靖国神社で会おう>というふうに言われた。だから ふたたび日本に帰れないと思っていました。この言われた言葉に誇りをもって出発したくらいですから 今の青年では考えられないような気持ちをその自分に青年はもっていたんです。
それですから 死刑の宣告を受けて 今 何秒かの後にこの世を去るという土壇場に立っても なんにも恐ろしくなかった。それはまあ 今の若い人には全然わからない気持ちでしょうが<軍国に志した青年が今まさに御国のために 胡沙吹く風の満州の人のいないこの原っぱの真中で たった3人のロシア兵と 1人のロシア将校と 1人の満州の通訳と 5人におれの死出の門出は見守られているのか ああ この勇ましいおれの姿 せめて生みの親に見せてやりたい>とこう思った。
まあとにかく そういう強さをもっていた私の心が 病になった後 死ぬのは恐ろしくはないけれども あの病からくる苦痛に耐えかねて 自分で自分の脈や熱をはかるというような みすぼらしい 哀れなことをやっちゃったんです。
人に侮辱を受けたより 自分自身が自分自身の心の中の哀れさを感じたときくらい悔しいことはありません。とにもかくにも 強いと思いこんで 自惚れもあった。その自惚れの鼻がピシッと折られるような恥ずかしいことを自分でやって 自分の心の惨めな 虐げられた弱さを感じたとき 本当に<くそ こんちくしょう 死んじまおうか>と思ったぐらい はじらいを感じましたよ。それが人生というものを考えるそもそもの動機になったんであります。
そして難行苦行したあげく わかったことが<感情の統御>ということ。
今の私は大きな自慢で言えます。我が身 わが命の心でありながら なかなか自分の思うとおりにならない感情を いかにすれば自分でコントロールできるか その方法を知っているのは 世界でたった一人しかいない<How to do(ハウ ツー ドゥ)>を説いているのは 私よりほかにいません。
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*
ー続くー
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