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平成の虚無僧一路の日記

「猫も杓子も」の語源は一休? 

2011年04月18日 外部ブログ記事
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「『猫も杓子(しゃくし)も』の語源を教えて〜」という質問に、
いろいろ回答が寄せられている中、こんなのがあった。

「『一休咄(はなし)』(一休和尚の語録)の中に、『生まれては 
死ぬるなりけり おしなべて 釈迦も達磨も 猫も杓子も』と
いう道歌があり、これが由来です」と。

ちょっと待って、これでは答えに なっていない。そもそも、
『一休咄』は江戸時代の初め 寛文8(1668)年に刊行された
ものだから、一休が言ったとは限らない。

「一休が 創った」となると 600年前の室町時代に さかのぼるが、
その出典は見当たらない。

滝沢馬琴の『南総里見八犬伝』に「禰宜も釈氏も」という
用例があるそうだ。「禰宜は 神主、釈氏は 釈迦」を意味する。

そこから「禰子(ねこ)も釈子(しゃくし)も」に変化した
とする説がある。「“ 禰子 ”は 禰宜(神主)の子ではなく、
氏子と同様、神道を信奉する人たち。“ 釈子 ”は、釈迦の
弟子たちで仏教徒」。つまり「神道も仏教徒もおしなべて
すべて」となる。

これがさらに「猫も杓子も」に変わったという説もあるが、
滝沢馬琴は 1767-1848年の人。『南総里見八犬伝』は
1814年から 1842 年にかけて書かれた。『一休咄』の方が、
寛文8(1668)年で はるかに古い。

『禰宜も釈氏も』あるいは『禰子も釈子も』が本来で、
『一休咄』の戯作者は、一休さんらしく面白くするために
「猫も杓子」ともじった。滝沢馬琴は、本来の用例どおり
『禰宜も釈氏も』を用いた。

だが『一休咄』は多くの人に読まれ、「猫も杓子」の方が、
面白くインパクトがあるので 一般に広まったと考えるのが
妥当か。

それより、一休さんの「とんち話」は すべて 江戸時代に
創作されたものですから、「ご用心、ご用心」。

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