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平成の虚無僧一路の日記

信仰心と宗教心 

2011年04月10日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



「神仏を信じ、神仏を頼まず」。吉川英治『宮本武蔵』の一節だ。
私も「神や仏」といった絶対的な“力”の存在を、半身半疑ながら
信じる。大自然の“力”にも畏敬の念を感じる。

がしかし、前世だとか、あの世とか、地獄・極楽などの話は
信じていない。キリスト教、仏教、それも宗派によって異なるのは、
所詮、人間が創り出したものと考えるからだ。「宗教家の創り話」は
信じていないから「無宗教」でもある。わが家は、先祖代々「神道」
だから、お彼岸やお盆などの仏教儀式はしないが、それでも、
不都合は無い。

私の学生時代、京都、奈良などの仏像は美術品でしかなかった。
観光客は、本堂の中を歩きまわり、仏像を横から見たり、後ろに
廻ったり。きちんと正座して手を合わせるのは、私ぐらいだった。

敗戦で、日本の古いもの、伝統的なものはすべて“悪”と排斥
された時代だったのだ。仏像は美術品にすぎなかった。そんな
若者が、今 60、70歳になったのだから、神社仏閣でも帽子を
脱がないお年寄りがいるのも仕方無い気がする。

だが、 熱田神宮や伊勢神宮に参拝する人は、若者が圧倒的に多い。
新興宗教に のめりこむ人も若者が多い。年寄りは 新興宗教には
警戒心が根深い。

日本人は「無宗教」だと言われるが、最近は、若い人達の方が
「信仰心」はあるようだ。

さて、そんな中だが、今回の震災を「大自然の怒り」と思わぬ
人は どのくらい いるのだろうか。「大自然を畏怖しない心」が
被害を大きくしたのではと 思えるのだが。
逆に「宗教」は 今回の震災とどう関わっていくのだろうか。
興味ある課題だ。

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