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のびたの日記

大病を 歌で乗り越え いのち知る 

2016年09月10日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



 
演歌歌手 渥美二郎さん 昭和27年生まれだから64歳 初めてステージで見た
途中には 舞台から降りて客席を握手しながら回る 2メートルくらい前まで来る
歌声も そのお顔も テレビでは見ていたが かなり若く活気が溢れていた
 

 
これは 一昨日 江東区が主催の敬老の集いで 75歳以上が招待された
私もその一員だが ボランティアを永く続けていると 自分が招待されることに面映ゆい思いである
区長から挨拶があったが 区内で喜寿を迎えた方は 今年は3772名と聞く
 

 
そして今年からお祝い金が半額になったそうだ そういえば先日 民生委員の方から5千円頂いた
財政が厳しくすみませんねと言うが この会場へ来られる健康があるだけでも感謝である
因みに100歳を超える方も110名くらいだったかな 区の人口は50万人である
 

 
さて 渥美二郎さんのオンステージが始まる
彼は足立区の北千住に生まれ育った 私も信州の田舎から東京へ来たときは その北千住に3年住んだ
親は流しの演歌師 叔父さんたちも演歌師だったそうだ 周りは幼いころから演歌の世界だったと言う
 
16歳の時は もう演歌師になろうと決意して 北千住から時には都心の方へ行って流しの生活が始まる
飲み屋さん スナック 屋台 どこでも行って お客さん1曲いかがですか?と注文を取り歌う
最初に覚えた曲が 『酒は涙か溜息か』 私たちの世代には お馴染みの曲である
 
理由もある 歌詞が短い 酒は涙か溜息か 心の憂さのすてどころ これで一番が終わる
こんな風に覚えて行って そのレパートリーは1000曲ほどに上ったと言う
基本的には 歌詞は2番まで歌う たしかに3番目までだと長いし 1番では物足りない
 
そうか 私も同じように自分の出来るものから 見よう見まねでピアノを独学してきた
ちょっと出来るようになって いろいろの会やビアガーデン 健康ランド どこへでも行って知らぬ曲も演奏した
そして ざっと数えると今 童謡唱歌から始まって演歌まで 上手とは言えないが1000曲くらいは出来るようになった
 

 
そして彼は 運命的な曲と出会った 空前の大ヒットは 流しでコツコツと歌い続けて生まれた
『夢追い酒』である 私のバンドでも 何度もリクエストを受け 演奏したものである
一度ヒットすると 後は続いてくる 『忘れて欲しい』 『他人酒』 『釜山港へ帰れ』 『昭和時次郎』などである
 
そんな折 彼は 大病を患った 胃がんであり 末期的症状を示していたそうである
全摘出の手術を受けて 奇跡的に復活を遂げ その歌は衰えも見せずに 歌唱力を保持している
彼はこう言う 歌を歌うことは 病気に対する免疫力を強くする 歌があったから今がある
 
だから いのちの重さ 大切さを 毎日感じて生きる
歌を支えて下さった皆様が居たから 歌えてきた この感謝を何かで返しながら生きたい
自分は歌しかない 歌うことによって 誰かが喜び 誰かに笑顔がうかんだら 最高の幸せである
 
新曲も披露された 『奥の細道』 江東区には芭蕉庵があって 芭蕉はここから奥の細道に旅立った
珍しいことに 曲の中に 芭蕉の句が そのまま 歌われているのである
旅立ちの時に詠んだ有名な句 行く春や 鳥啼き魚の 目は泪
 
中尊寺で詠んだ句 夏草や つわものどもが 夢の跡
山寺で詠んだ句 閑さや岩にしみ入る 蝉の声
作詞 作曲 千寿二郎 彼のペンネームである 愛した土地北千住 『北千住ブルース』もある
 

 
久しぶりに演歌の世界を楽しんだ
妹が居た時は カラオケ大会へ応援に行ったり テレビの収録にも立ち会えた
いっぱい演歌が周りにあったが 今は無い たまにテレビの演歌を聴き 心で歌うだけである
 

 
変わって 昨日は下町のうたごえ これは私も楽しい
集まって見える皆さんの笑顔が私は好きだ 歌声を聴きながら伴奏するのも楽しい
そして皆さんが喜んで貰えるなんて 私はなんという素敵な人生を歩んでいるかと感謝に溢れる
 
 
       最後までお読みくだ-さいまして有難うございました m(_ _)m
 



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