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平成の虚無僧一路の日記

永田洋子と瀬戸内寂聴の往復書簡 

2011年02月08日 外部ブログ記事
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永田洋子(ひろこ) は、瀬戸内寂聴に300通を超える書簡を
送っていたと云う。本になって出版されている。
『瀬戸内寂聴・永田洋子往復書簡―愛と命の淵に』 (福武文庫)

永田洋子は、逮捕されたのが 1972年。27歳だった。その
12年後の1984年に脳腫瘍の手術を受けた。39歳で脳腫瘍。
その後、脳萎縮で、激痛に苦しみ、目も煩った。彼女の
手記によれば、

「激しい頭痛がする。夜中に思わず痛さで飛び起き、獣の
ような うめき声をあげずにはいられないほどのものであり、
そのうち身体じゅうに電流を流されているような感じになり、
そのときは声をあげて泣きわめかずにはいられなくなる。
やがて足がもつれ、歩いている途中でも倒れるようになる。

便器に腰掛けたまま失神し、転げ落ち、嘔吐する。床に
流れた糞尿のなかに顔をつっこんだまま気絶からさめない。
日によっては洗面器二杯にも吐くことがある。手足がはげしく
痙攣しはじめる」

実に、死刑執行より苦しい生き地獄だったようだ。それは、
情け容赦のないリンチを受け、糞尿垂れ流しの辱めを受け
ながら死んでいった者たちの祟(たた)りかと、世間の人は
思うだろう。

しかし、瀬戸寂聴は、「人は皆 死ねば 仏様になるのですから、
死んだ者が祟ったり、悪さをすることはありません」という
「法華経」の心で、永田洋子を励まし続けた。

私も「幕妄想」「地獄・極楽も、前世も来世も、輪廻転生も、
因果応報も、所詮は人が作った妄想」という禅宗の立場で、
{霊魂の祟り」「除霊」などは否定してはいるが、そんな
自分でも、永田洋子の病は「因果応報」と思ってしまう。

宗教は人が作ったものだが、信心があるから、人の人たる所以
であって、宗教をすべて 否定すれば、獣にも劣る「鬼畜」か
とも思う。

親鸞や日蓮だったら、永田洋子をもどう救うのだろうか。「『南無
阿弥陀仏』あるいは『南無妙法蓮華経』と一心に唱えれば
極楽往生できる」と説いて、それで 永田洋子は救われただろうか。
永田洋子の 死刑執行より辛い 生き地獄の末の死によって、宗教の
根幹を考えさせられた。


「尺八と一休語りの虚無僧一路」のホームページも見てください。

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