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シニア考、「年寄り」 

2016年04月16日 ナビトモブログ記事
テーマ:暮らし

 津軽のシニアブロガーにして俳人、津軽わさおは、「年寄り」という言葉が好きでない。「年寄り」とは、goo国語辞書に曰く。年をとった人。高齢の人。老人。

 まず、この中で、「高齢の人。老人」という意味で「年をとった人」と表現しているのが気に食わない。

 年をとるのは、人間誰しも年をとるのであって、小学生も、青年も、高齢者も、1年経てば1歳を加える。「年寄り」だけが年をとるのではない。だから、年をとるをもって、「高齢の人。老人」=「年寄り」とするのは間違いである。

 次に、「年をとる」について、同じくgoo国語辞書曰く。年を取るとは、1 年齢を加える。「―・ればそれだけ世間が見えてくる 」2 老齢になる。「―・った人」

 ここでも、「1 年齢を加える」は、そのとおりだが、「2 老齢になる」という説明が気に食わない。年を取るとは、 年齢を加えるだけであって、それをもって、「2 老齢になる」とするのは、偏見であり、拡大解釈であり、間違いである。

 また、「年寄り」の「寄る」については、広辞苑では、いくつもの意味を掲げているが、その中の一つに、「積もり重なる。重なりふえる」がある。つまり、「寄る」は、重なる、数を加える、多くなる、といった意味である。

 したがって、「年が寄る」のは「年を取る」と同義であり、両者とも、1年経てば1歳を加える、という意味でしかない。

 要するに、「年が寄る」→「年寄り」=「高齢の人。老人」は、間違いである。


 それにしても、日本の国語学者は、何をしているんだろう。「年が寄る」=「年を取る」は、「年齢を加える」までであって、「老齢になる」の意味もあるとするのは間違いである、となぜ主張しないのだろう。

 ゆえに、「年寄り」=「高齢の人。老人」は間違いである、となぜ指摘しないのだろう。

 なんか、日本の国語学者って、世間での言葉の使い方に唯々諾々として、無責任だよね。と思うのは、私だけ?


 津軽のシニアブロガーにして俳人、津軽わさおとしては、「年寄り」なんぞの間違った言葉の使い方をするわけにはいかない。それじゃどうするか。「年寄り」を使わないのに、だからといって、「高齢の人。老人」と自称するのは、癪だ。

 調べたら、デジタル大辞泉に曰く。シニア(senior)とは、1 年長者。上級生。上級者。「シニアクラス」⇔ジュニア。2 高齢者。「シニア住宅」
 
 したがって、「シニア」と自称するわけだ。ただし、意味合いは、「1 年長者。上級生。上級者」であり、「2 高齢者」の意味は含まない。

 だって、津軽わさおの人生モットーは、「人生日々挑戦、青春は一生」であるのだから。


  
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