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雅走草想

家康の健康志向 

2016年02月25日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し

 まもなく2月も終わりなんですね。もうロードにも乗れるの
にいっこうにやる気が起きないよ。

 昨年に比べてウオーキングの回数も距離も大幅にダウン。努
力の嫌いな人間の本性通り生活した結果だ。

  しばらく夢の中

 ワンコたちも飼い主に似てきたんだろう、朝、布団を片付け
てもしばらくは夢の中。まるで見た目はモップ状態。

 私のクッションはワンコたちにとっては狢茖欧良枌牒瓩砲
ったか。体を寄せ合っているのはほほえましいけどね。

  医学知識は玄人はだし

 あの時代にしては75歳と希有な長寿だった徳川家康。自身
の健康にも、かなり気を使っていたのは聞いたことがある。

 ところがそれ以上に元来の犒鮃マニア瓩世辰燭箸。その
上、医学的知識も玄人はだしのレベルだったという。

  病状に合わせ自分で薬調合

 薬剤の専門書を離さず内容も精通。自分の病状に合わせた薬
を調合していたというから半端じゃない。

 さらにはその薬の材料になる薬草を栽培するために、駿府城
在城時に駿府御薬園を設立。

 その後、江戸の小石川薬園にもこの薬草が分けられたとか。
晩年には林羅山が長崎から持ち帰った医学書「本草綱目」をも
とに研究会を発足。

  生き延びる努力

 ここまでくると犒鮃マニア瓩鯆未蟇曚掘⊆身の医学知識
を深め、生き延びるためできる限りのことをしたということか。

 1600年9月15日、徳川家康が関ヶ原の戦いに勝利した
とき家康59歳。平均寿命40歳以下の時代、既に長寿の域だ。

 が天下統一までには課題が多く、精力的に戦わねばならない。
「元気で長生き」が、徳川天下取りの条件と自覚していたのか。

  徳川家だけの薬箪笥

 家康の薬箪笥には、たくさんの薬をため込んでいたが、側室
や重臣が病気になっても「医者にみてもらえ」とそっけない。

 薬箪笥の薬は、完全に徳川家のため、つまりは、家康とその
跡取りのためにしか使われなかったという。

  初の減量療法も

 また日本で初めて減量療法を取り入れたのが家康とか。天下
人になってからも質素な食事だったという。

 好き嫌いをせず、バランスのよい献立を好んだそう。家康の
健康志向は現代にも立派に通じますね。

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