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平成の虚無僧一路の日記

『八重の桜』を観てくださっている方に感謝 

2013年07月13日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し




私の叔母が名古屋に遊びにきて、名古屋城と比較して
会津鶴ケ城のことを「ウチの城は」とか「ウチの
殿様は」と“自分の身内”のように話すのを聞いて、
名古屋の人はびっくりしていました。それだけ、
会津人の郷土愛は強烈です。

でもそれも、戦死者を出した 3,000家の子孫
だけのこだわりかもしれません。一昨年、会津に
行って、「甲賀口郭門」の石垣のほんの手前200mの
ところで、犬の散歩をしている人に「甲賀口の石垣は
この辺ですか」と聞いたら「知らない」と。
そして、石垣のすぐ横、旧牧原邸のあったところは
居酒屋になっていて、そこの板前さんにも聞いてみたら、
「石垣のことについて何も知らない」といわれて
がっかりしたものです。

町人や農民には「カンケェねぇ」なんですかね。
会津籠城戦のさなかでも、町人、農民の往来は自由で、
西軍と先を競って、武家屋敷から金目の物を分捕り
略奪、勝手次第だったようです。所詮、士族だけの
戦いでした。

『八重の桜』も会津人でも「観ていない」という人が
いてがっくり。戊辰戦後145年は、もう遠い過去に
なりやした。

旧会津藩士族以外の方で「会津戦争」に理解と関心を
示してくださる方は“奇特”な方です。ありがとう
ございます。

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