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平成の虚無僧一路の日記

私の尺八遍歴 7 「古賀将之」師 

2012年07月09日 外部ブログ記事
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「琴古流荒木派」は「箏、三絃の地唄」との合奏が主で、
当時、反発心旺盛な私は「地唄」物はもう「古い」。
「滅びゆくものをやってもしょうがない」と、池田
弥三郎氏に言われたことが頭から離れずにいました。

そんな時、中目黒の町内会館で「尺八と箏の教室」を
開設するという広告を目にし、その第一号で入門する
ことになりました。尺八は、当時明治大学の大学院生で
都山流準師範の「古賀将之」氏、箏は「生田流」が
「砂崎知子」さん、山田流が「各和ミホ子」さん で、
お二人は「東京芸大」を卒業されたばかりでした。

そこで、私は「都山尺八」を「古賀将之」氏に、
「山田流箏」を「各和ミホ子」さんに師事することに
なりました。「砂崎知子」さんとは、何カ月に一度、
箏との合奏練習をお願いしました。

さて、そのうち「古賀将之」氏が「日本音楽集団」に
はいり、「宮田耕八朗」氏「横山勝也」氏と肩を
並べて?、三木稔『ソネット』などのレコーディングに
名を連ねるようになりました。

「古賀将之」氏は「宮田耕八朗」氏の影響を受けて
「これからは7孔の時代だ」と私に「7孔尺八」を
勧めてきました。その時の私は、まだ「虚無僧尺八」に
憧れていましたので、「とんでもない」と、拒絶して
退会してしまったのでした。

その後「古賀将之」氏と「砂崎知子」さんが結婚され、
やがて離婚され、古賀さんはアメリカに行ってしまい、
疎遠になっていました。

風の便りに、カリフォルニアで尺八教室を開いており、
髭を伸ばして、麻原教祖のような風貌で「琴古流」の
本曲を教えているようなことを聞き、「はて、都山流
だったはずが、外国では琴古流でなければ、好まれない
のか」と思ったものです。

最近になって、ネットオークションで「古賀将之」氏の
私家版レコードが出され、なつかしく買い求めて
みましたら、『鹿の遠音』など、ものすごい迫力。
これぞ、私が求めていた尺八と、今また「古賀将之」氏の
尺八に憧れています。

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