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作品名 スイカの話(4) 評価 評価(1)
タイトル スイカの話(4)
投稿者 比呂よし 投稿日 2013/11/18 09:34:01

++++店の中から中年の女がそばへ寄って来た:
「冷えたのを一つ持って帰るか?」

(4)
 けれども、結局私はスイカを買わなかった。切り
身どころか玉でさえ買える程に財布は豊かであった
が、気が進まなかったからである。

 「必ずスイカを買おう」、と小学生の時分に誓っ
た自分の気持ちを忘れてはいなかった。それを昨日
の事のように思い出したけれども、店先のスイカを
眺めながら、もう直ぐ夕飯だからという自制が働い
た。暗いキツネ坂で人に見られないとはいえ、食べ
散らしながら歩くのは、いかにも行儀が悪いと考え
た。スイカなんか何時でも買えるじゃないかという
買わない為の理由も直ぐ見つけて、子供の頃の「誓
い」に対して言訳をした。

 スイカを買わずに帰路の暗くなったキツネ坂を歩
きながら、釈然としないものを感じた。子供の頃の
懐かしい感情に引きずられて、店の前で多少の逡巡
はあった。が、どう思い直して見ても、買う気には
ならなかったのだーー。
 「だのに」叔父さんは、スイカの切り身を買った。
会社の帰り道という同じ場面と時刻に遭遇しながら、
何故、叔父さんが毎晩買ったのか、不思議な気がし
た。気持ちを重ね合わせて見ても、納得が行かない。

 スイカを食べ散らしながら歩く叔父さんの姿を想
像してみた。私と同じように片手にカバンを持って
いたろうか? いや、何も持っていなかったに違い
ない。道々スイカの種を口から飛ばす叔父さんの遣
り口は無作法ではあったが、一種の果断に違いなか
った。

 通りすがりに店の赤い切り身を見て「食べたい」
と思うや、他に何の迷いも起きなかったのか? 帰
り着けば直ぐに夕飯なのが判っていて、甘いものを
胃袋に入れる食欲にも、自分には無い野性的な逞し
さを感じた。
 自分とは随分違う種類の人間だったんだな、とこ
の時初めて叔父さんを理解する気がした。子供の頃
の夢と懐かしい拘りが、淡い薫りを残して溶けて行
くのを感じた。

 その後叔父さんには、親戚の法事などで時たま会
う位の機会しかなかったが、会う度に何かしら「自
分とは違う人」という気がして、何時も一歩下がっ
て接するクセになった。
 その叔父さんが死んで、もう16年になる。キツ
ネ坂のあの時の気持ちを、今の歳になっても不思議
に覚えている。

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2013/11/18
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