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今夜午後9:00〜9:59NHK BS1スペシャル「松代大本営」特集の御案内 

2023年10月01日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



NHK BS1スペシャルで、「松代大本営」特集の御案内
放送日時とテーマ、内容は、下記の通りです。
放送日時?? 9月30日(土)、午後9:00〜9:59
テーマ   ?NHK BS1スペシャル「幻の地下大本営ー極秘工事はこうして進められた―」?
番組概要、太平洋戦争末期、本土決戦を想定した大本営は、政府機関を移転するため、秘密裏に地下壕を建設していた。総延長10数キロに及ぶ長野県の「松代大本営地下壕」だ。近年、資料の発見が相次ぎ、その全貌が明らかになっている。
また戦後、アメリカ進駐軍は、現地を調査し、精密な見取り図を報告している。
番組では、焼却を免れた日本側の資料と照合し、CGで松本大本営の全貌を再現。新資料と日・韓・米の証言により、本土決戦の秘められた物語をひも解き、日本の現代史の一つを伝えていく。
もともと、3年前、BS1スペシャル 「幻の地下大本営ー本土決戦・最後の砦の全貌ー(仮題)」として企画されたものでしたが、新型コロナウィルス蔓延のため、各地での取材が困難となり中断、今年3月に再発足して、制作が進められてきました。
私は、3月以来、この企画に全面的に参画し、資料の提供、インタビュー撮影、韓国取材の際の関係者、研究者の紹介から、現地取材時の連絡等に関わってきました。
長野県歴教協の飯島春光さんとも連絡をとりながら、制作に協力してきました。
「松代大本営地下壕」問題については、元長野県教職員組合執行委員長、長野県歴史教育者協議会事務局長として活動した原山茂夫氏が、1980年代、1990年代に、精力的に取組み、特に、いわゆる「厚生省名簿」(長野県)を取得してから、この名簿に基づいて、日本と韓国を縦横に飛び回って「朝鮮人労務者」の聞き取り調査を行いました。
その成果が、次の著書、編著書として発表されています。
原山茂夫著『新手さぐり 松本大本営ー計画から差別の根源までー』(1995年5月1日、初版発行)(1998年3月8日、改訂新版発行。自費出版)
松代大本営労働証言集編集委員会編『岩陰の祈りー松代大本営工事の労働証言―』(2001年8月1日、初版発行。郷土出版社刊)
今回の番組制作にあたり、飯島春光氏提供の「内地在住朝鮮同胞戸籍及び寄留調査手帳」と、長野県「厚生省名簿」の整理、データベース化に取組み、その成果を制作プロジェクトに全面的に提供、協力しました。
工事は、西松組、鹿島組が中心となり、全国各地の鉱山、工事現場から腕利きの朝鮮人労務者を集めて作業させ、戦後、関係資料、名簿の焼却、破棄が行われたことが分かります。
是非とも視聴していただきますよう、御案内いたします。?
秋田県歴史教育者協議会(歴教協)会長 茶谷十六
chatani@hana.or.jp???? 090-3365-7139
川口重雄さんからのメールを転載します。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
秋田・わらび座茶谷十六さんから、番組のご案内をいただきました(添付ファイルをご覧ください)。以下は、茶谷さんからのご案内です。〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜秋田の茶谷十六です。NHK BS1スペシャルで、「松代大本営」が取り上げられます。放送日時とテーマ、内容は、下記の通りです。放送日時:9月30日(土)、午後9:00〜9:59テーマ:NHK BS1スペシャル「幻の地下大本営ー極秘工事はこうして進められた―」番組概要:太平洋戦争末期、本土決戦を想定した大本営は、政府機関を移転するため、秘密裏に地下壕を建設していた。総延長10数キロに及ぶ長野県の「松代大本営地下壕」だ。近年、資料の発見が相次ぎ、、その全貌が明らかになっている。また戦後、アメリカ進駐軍は、現地を調査し、精密な見取り図を報告している。番組では、焼却を免れた日本側の資料と照合し、CGで松本大本営の全貌を再現。新資料と日・韓・米の証言により、本土決戦の秘められた物語をひも解き、日本の現代史の一つを伝えていく。もともと、3年前、BS1スペシャル 「幻の地下大本営ー本土決戦・最後の砦の全貌ー(仮題)」として企画されたものでしたが、新型コロナウィルス蔓延のため、各地での取材が困難となり中断、今年3月に再発足して、制作が進められてきました。私は、3月以来、この企画に全面的に参画し、資料の提供、インタビュー撮影、韓国取材の際の関係者、研究者の紹介から、現地取材時の連絡等に関わってきました。長野県歴教協の飯島春光さんとも連絡をとりながら、制作に協力してきました。「松代大本営地下壕」問題については、元長野県教職員組合執行委員長、長野県歴史教育者協議会事務局長として活動した原山茂夫氏が、1980年代、1990年代に、精力的に取組み、特に、いわゆる「厚生省名簿」(長野県)を取得してから、この名簿に基づいて、日本と韓国を縦横に飛び回って「朝鮮人労務者」の聞き取り調査を行いました。その成果が、次の著書、編著書として発表されています。原山茂夫著『新手さぐり 松本大本営ー計画から差別の根源までー』(1995年5月1日、初版発行)(1998年3月8日、改訂新版発行。自費出版)松代大本営労働証言集編集委員会編『岩陰の祈りー松代大本営工事の労働証言―』(2001年8月1日、初版発行。郷土出版社刊)今回の番組制作にあたり、飯島春光氏提供の「」、長野県「厚生省名簿」の整理、データベース化に取組み、その成果を制作プロジェクトに全面的に提供、協力しました。関係資料を添付してお届けします。工事は、西松組、鹿島組が中心となり、全国各地の鉱山、工事現場から腕利きの朝鮮人労務者を集めて作業させ、戦後、関係資料、名簿の焼却、破棄が行われたことが分かります。現在、最後の編集作業中ですが、当日の放送を楽しみにしています。是非とも視聴していただきますよう、御案内いたします。秋田県歴教協  茶谷十六 拝【ドキュメンタリー番組のご案内】 松代大本営(長野県松代町、現・長野市松代にある昭和天皇が本土決戦時に入る予定だった地下壕)をめぐる新史料が確認されました。日時:2023年9月30日(土)21時〜 NHKBS1スペシャル番組:「幻の地下大本営〜極秘工事はこうして進められた〜 」9月30日(土)21時〜 BS1語り 萩原聖人 ディレクター 金本麻理子*昨日お送りした上記のご案内は、NHKエデュケーショナルコンテンツ制作開発センター美術教養グループ 特集事務局エグゼクティブプロデューサー塩田純から友人に送られたものです。〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜9月30日(土)21時〜NHKBS1幻の地下大本営〜極秘工事はこうして進められた〜https://apac01.safelinks.protection.outlook.com/?url=https%3A%2F%2Fwww.nhk.jp%2Fp%2Fbs1sp%2Fts%2FYMKV7LM62W%2Fepisode%2Fte%2FD34MXGNVXX%2F&data=05%7C01%7C%7C4d0f2a1e664548a3c47c08dbc0858aab%7C84df9e7fe9f640afb435aaaaaaaaaaaa%7C1%7C0%7C638315452094875064%7CUnknown%7CTWFpbGZsb3d8eyJWIjoiMC4wLjAwMDAiLCJQIjoiV2luMzIiLCJBTiI6Ik1haWwiLCJXVCI6Mn0%3D%7C3000%7C%7C%7C&sdata=SCN7JKgjetydtx%2FGj7fIgHcV7uL3XRJ14qRRDTRw0dU%3D&reserved=0戦時中、長野県・松代に密かに作られた巨大な地下大本営。動員された朝鮮人労働者の名簿が発見された。日韓の新たな証言から知られざる極秘工事の実相を明らかにする。太平洋戦争末期、本土決戦を想定した大本営は、政府機関や皇居を移転する地下壕を秘密裏に建設した。総延長10数キロに及ぶ「松代大本営」だ。近年、米議会図書館で朝鮮人労働者2400人を超える名簿が発見された。それによれば熟練した坑夫が必要なため、岩手のダム建設現場などから家族ぐるみで労働者が集められたことが分かった。番組では日韓の証言者を追跡。極秘工事の実態を明らかにし地下大本営が残した深い傷跡を描く。【リニア中央新幹線問題】<「リニア大深度地下使用認可取り消し訴訟」通信>お知らせです。東京都調布市での東京外郭環状道路での大深度法によって認可された地下47mでのトンネル掘削工事事故についての被害を調査している市民科学研究室の学習会があります。大変良心的な研究室です。もしご都合がつけば、参加してみてください。住宅地の地下を掘削したことでとんでもない被害がでています。無理矢理引っ越しさせられた人の中には、引っ越しをしている時に倒れて救急搬送され、くも膜下出血で、その後亡くなられた方もいます。この間、関連死が複数あり、また倒れて怪我や病気で入院中のかたなどでています。家族でもめて離婚された方もいます。町中が壊されています。国連の人権理事会へ訴える作業もはじめています。問い合わせ:「リニア大深度地下使用認可取り消し訴訟を支える会」no.daishindo@gmail.comhttps://www.shiminkagaku.org/gaikan-stiv_studytour_20230908/?fbclid=IwAR3TSe3nWA-g4-Hldq-IKgxAweWLJYJIeReToISSAtD1Y2WuGe8Ng2dhxWU[cid:image001.jpg@01D9F2CB.CE24C760]10/10(火)10:30- 調布市・外環トンネル工事陥没事故エリアで行われている地盤補修工事の現場を巡る見学学習会shiminkagaku.org塙清子hanawa2001@nifty.com過去の報告を視聴できます。https://www.shiminkagaku.org/csij_gaikans-stv_202209/https://www.shiminkagaku.org/gaikan-stiv_seminar_20230826/https://www.shiminkagaku.org/gaikan-stiv_2023project/https://www.shiminkagaku.org/csinnewsletter_072_202309_ueda/【友人から届いた情報4点】1.[社説]「杉田氏の人権侵犯 議員の適格性に欠ける」『沖縄タイムス』2023年9月25日号2.「多数の遺体は本当に「滑走路下」に埋められているのか…硫黄島「地下16メートル」の真実」酒井 聡平北海道新聞記者(現代ビジネス)2023年9月25日号それでは。川口重雄拝///////////////////////////////////////////////////////////////[沖縄タイムス・社説]杉田氏の人権侵犯 議員の適格性に欠ける230925https://apac01.safelinks.protection.outlook.com/?url=https%3A%2F%2Fwww.okinawatimes.co.jp%2Farticles%2F-%2F1228111&data=05%7C01%7C%7C9a96f606a09043f76e8108dbc03807ff%7C84df9e7fe9f640afb435aaaaaaaaaaaa%7C1%7C0%7C638315119142396070%7CUnknown%7CTWFpbGZsb3d8eyJWIjoiMC4wLjAwMDAiLCJQIjoiV2luMzIiLCJBTiI6Ik1haWwiLCJXVCI6Mn0%3D%7C3000%7C%7C%7C&sdata=xLfrd6mJZXQr7NTuAW0dNjplFUTGsI3pj0kPRabcwMw%3D&reserved=0 現職国会議員の言動が人権侵犯に認定された。異例の事態である。公人として少なくとも経緯の説明と謝罪、反省の意思を表明すべきだ。 自民党の杉田水脈衆院議員がブログでアイヌ民族への侮辱的な投稿をしていた問題で、札幌法務局は人権侵犯の事実があったと認定した。 認定の対象となったのは杉田氏が2016年にブログやツイッター(現X)に書き込んだ投稿だ。スイスで開かれた国連女性差別撤廃委員会の参加者について「チマ・チョゴリやアイヌの民族衣装のコスプレおばさんまで登場」「同じ空気を吸っているだけでも気分が悪くなる」とした。 差別撤廃を求めて国際社会に訴える人々を辱めるヘイトスピーチだ。それをインターネット上で発信する行為は、不特定多数に向けて憎悪を拡散するもので悪質だ。 投稿は、杉田氏が総務政務官として出席した昨年11月の参院予算委員会で取り上げられ表面化した。 批判を受けて杉田氏は謝罪、撤回に追い込まれたものの、差別発言であることは認めていない。 今年3月に国連委員会に参加した当事者らが人権救済を申し立て、今月7日付で人権侵犯が認定された。 法務局は杉田氏に対し、今後発言に注意するよう「啓発」した。 一方、杉田氏はコメントを出す予定はないとする。 投稿は発信後長く衆目にさらされてきた。ネット上で今回の人権救済申し立てに対する誹謗中傷も相次いだことを考えれば、「撤回したから」で済むことではない。■    ■ 杉田氏は12年に日本維新の会公認で衆院選に立候補し、比例復活で初当選。14年には維新の分裂で次世代の党から立候補したが落選した。 投稿は落選中にあったもので、その後、自民党に移り17年の衆院選で比例当選している。 ただ、政界に復帰後も18年に性的少数者を「生産性がない」と月刊誌に記述したり、性暴力被害を巡り「女性はいくらでもうそをつけますから」と発言したりとヘイト言動を繰り返してきた。 それでも安倍晋三元首相に近く、比例名簿上位の厚遇を受けてきた。昨年は岸田文雄首相が総務政務官に起用している。 過去の差別発言で一転、政務官を更迭されたが、人権意識に欠ける議員を選挙で厚遇してきた自民党や安倍元首相、内閣で起用した岸田首相の責任は重い。■    ■ 杉田氏は21年、名護市辺野古の新基地建設の抗議活動をやゆする発言でも批判を浴びた。 市民の自発的な参加を「派遣された人々」と表現。人々の弁当のごみが風に飛ばされれば基地機能を阻害するという根拠のない例示で侮辱したのである。 小さな声やマイノリティーに対する排他的意識は明らかで、議員としての適格性に欠けると言わざるを得ない。 杉田氏の言動に対し、政府としても毅然とした対応を取るべきだ。///////////////////////////////////////////////////////////////多数の遺体は本当に「滑走路下」に埋められているのか…硫黄島「地下16メートル」の真実・酒井 聡平北海道新聞記者(現代ビジネス)230925https://apac01.safelinks.protection.outlook.com/?url=https%3A%2F%2Fgendai.media%2Farticles%2F-%2F116152&data=05%7C01%7C%7C77a0a0255e1e459458a608dbc0383f6d%7C84df9e7fe9f640afb435aaaaaaaaaaaa%7C1%7C0%7C638315120057063319%7CUnknown%7CTWFpbGZsb3d8eyJWIjoiMC4wLjAwMDAiLCJQIjoiV2luMzIiLCJBTiI6Ik1haWwiLCJXVCI6Mn0%3D%7C3000%7C%7C%7C&sdata=dpcnKWN80Wlav3F%2Fn3UAXrwvOMLRXnLVVV4rGa9iRWY%3D&reserved=0なぜ日本兵1万人が消えたままなのか?滑走路下にいるのか、それとも……民間人の上陸が原則禁止された硫黄島に4度上陸し、日米の機密文書も徹底調査した北海道新聞記者・酒井聡平氏によるノンフィクション『硫黄島上陸 友軍ハ地下ニ在リ』が発売たちまち4刷、大きな話題になっている。硫黄島に渡り、土を掘り、汗をかいた新聞記者が執念でたどりついた「真実」とは――。地下壕の前にて「落下傘部隊」の姿に「それでは本日の作業を始めます」滑走路上に団長の声が響いた。団員は皆、ヘルメットを外して、立て坑の方を向いた。「拝礼!」という団長のかけ声と共に、頭を下げた。硫黄島では、作業前に必ず、この拝礼を行った。その際、ある人は、どうか安全に作業できますようにと心の中で願い、ある人は、どうか皆さん一緒に本土に帰りましょう、と呼びかけた。拝礼は作業の終了後にも行い、その日の作業が無事に済んだことへの感謝を伝えた。「合掌」ではないのは、行政機関の「政教分離」の観点からだろうと思った。いよいよ始まるマルイチの捜索は総勢16人で行うことになった。5〜6人ずつ3班に分かれた。各班は30分交代で内部に入り、「壕底」に積もった土砂を掘る作業を行う。壕の通路の戦争当時の表面を収集団は「壕底」と呼んでいた。その土砂の中に遺骨がないかを確認する。僕は1班に加わった。楠さんと同じだった。立て坑の周りに集まるように言われた。そこで人生で初めて、工事現場の作業員が高所作業で装着するハーネス(墜落制止用器具)を着けた。両肩、腹部、腰部、両太ももにベルトを巻く姿はまるで、落下傘部隊の兵士だ。腰部のベルトには、キーホルダーのフックを大きくしたような金具がぶら下がる。これを命綱に着けて転落事故を防ぐのだ。なぜマルイチにはハーネスが必要なのか。まず地下壕内部に繋がる立て坑。これの深さが5メートルある。さらに内部に入ると、深さ16メートルまで続く急斜面がある。地熱による火傷、崩落による生き埋め以外に、転落事故のリスクもあるのだ。この現場活動は、体力のある団員を対象にした志願制だったが、内部に入る直前になって、その理由がよく分かった気がした。「ここで死ねたら」と語った遺族僕の暗澹たる思いは表情に出ていたのだろう。「大丈夫ですよ」と声をかけてくれた人がいた。日本遺族会の推薦を得て収集団に参加した千葉県の正木敏順さん(72)だ。叔父を硫黄島戦で亡くした遺族だった。稲作農業を営んでいるため、毎年、稲刈りを終えた9月以降の遺骨収集団に参加している。顔が小麦色に日焼けしているのはきっとそのためだ。「そんなに僕、心配そうな顔をしていましたか。崩落とか大丈夫ですかね」「大丈夫ですよ。70年間、大丈夫なんだから」「正木さんは怖くないんですか」「私は叔父を帰すためにここに来ているんです。ここで死ねたら本望ですよ」決意の固さが違うと思った。70年以上も前の戦争で失った親族を帰すために、命をかける人が、21世紀にもこうしているのだ。会話が途切れたところで、団長の声が響いた。「では作業を始めます。1班の人は順次、入っていってください」。1班は5人。立て坑に備えられたはしごと並行して命綱が垂れ下がっていた。一人目が命綱とハーネスをつなぎ、慎重にはしごを降りていく。二人目も続いた。そして3人目が僕だった。急角度の斜面を降りる僕(日本戦没者遺骨収集推進協会提供)はしごの最上段に足をかけ、立て坑の中を見下ろす。暗くて何も見えない。団長が、さあ降りて、という仕草をした。僕は一段、一段、慎重に降りた。冷風装置の機械音のほかに、内部の照明の電源となる発電機の轟音が壕内に響き渡っていた。耳をつんざく音量。会話は不可能だと思った。はしごの最下段に降り立った。はしごの長さは5メートル。この長さは、米軍が滑走路を造成するために盛った土の厚さだ。僕は遂に地下壕マルイチの入り口に立った。報道関係者として初めて滑走路の地下に入った。地下壕はまるで滑り台のような角度で深くまで続いていた。かつては階段だったのだろうが、段はまったくない。戦後七十数年間の歳月で風化した上、台風の際などに土砂が流れ込んでしまったのだろう。急勾配の坂道になっていた。僕は命綱につかまりながら、慎重に坂道を下った。下るたびに温度が増していった。最深部の深さ16メートルまで辿り着いたとき、僕はすでに熱気で汗だくになっていた。通路の先を見渡しても、人工物は何も落ちていないように見えた。地下壕マルイチは「空っぽ」だった。それが滑走路直下での僕の第一印象だった。
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「松代大本営を保存する会」の運動を学んだ「戦争遺跡保存全国シンポジウム東京大会」会場は、吉田裕教授の一橋大学キャンパス。

(了)

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