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関東軍「北方部隊略歴」に第七三一部隊が欠番していた 

2023年08月26日 外部ブログ記事
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毒ガス弁護団の及川信夫弁護士以外は戦後生まれでやはり戦争を知らない弁護士ばかりである。弁護団はこれまでも毒ガス問題の第一人者吉見義明氏の意見書などで軍事史的な証書を提出してきたが、被告側が防衛省防衛研究所戦史部などの資料提供から、反駁してきたことに対抗するには、少しは戦争のことを知っている年代の人間の出番であり、さらに協力する必要性を痛感した。
管理人は早速、防衛研究所戦史部図書室(現在は新宿区防衛省内に移転)や靖国神社偕行文庫に通い、敦化市大橋本部と沙河沿飛行場に毒ガス弾を遺棄したと証言している老兵士が所属する関東軍第一方面軍第五軍第一六野戦兵器廠を含む「北方部隊略歴」を収集。また関東軍直轄野戦兵器廠哈爾浜支廠の「部隊原簿」の中に「敗戦と共に瓦斯弾の消滅を図るも及ばず」という記述も発見できた。



「厚生省援護局」となってることは「地図で見た市ヶ谷台の戦後」を参照。
戸口好太郎氏、小林利男氏、鈴木共明氏が所属していた「第十六野戦兵器廠」(通称名満第二六三三)があった。

関東軍直轄部隊である石井四郎軍医中将の防疫給水部「第七三一部隊」が欠番していたことは、「秘匿部隊」である証左です。



満第七三三部隊

関東軍直轄野戦兵器廠哈爾浜支廠の「部隊原簿」の中に「敗戦と共に瓦斯弾の消滅を図るも及ばず」という記述も発見できた。


敦化二ハ化学兵器(ガス弾)相当アリ兵器部長ハ之ヲ付近ノ河川二投入又ハ埋設セルコトカ「ソ」軍カ情報トシテ探知シ兵器部長二対シ強硬ナル訊問ヲ?々行?、為メ二既往症アリシ兵器部長ハ之ヲ苦二シ武装解除時二ハ朦朧状態ヲ呈シ後日死去(二十七年八月)ノ因ヲ為セリト考へラル、之等秘密兵器ノ処理二ハ満人ヲ使用セサルコト、夜暗ヲ利用スルコトカ吃緊ナリト考へラル
(了)
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