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慶喜

宗教学者の到達点、 死は『大きな』別れのとき 

2023年01月18日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



?死は別れのとき2?死は別れのとき ☆岸本は死生観というものを独自に究めていく *彼は、一旦信仰を捨てている人間、信仰の世界に戻りませんでした ☆彼は、がんの再発の恐れを抱えながら、 一生懸命仕事をした *働くことで、死から逃れよう、忘れようとして動いた ☆最後にのは、仕事に没頭する道から離れ *「死は別れのとき」という心境に達することになる ☆死んでいく人間 *みんなに、すべてのものに別れを告げなければならない *それは確かにひどく悲しいことに違いない ☆死に臨んでの別れとは *それが全面的であるということ以外 *本来の性質は、ときおり人間がそうした状況に置かれ *それに耐えてきたものとまったく異なったものではない *それは無の経験というような実質的なものではない *死も心の準備をすれば耐えられるのでは ☆岸本がこの心境に至ったのには *教育者成瀬仁蔵「告別講演」記録を読んだことがきっかけ *成瀬は「成瀬教」と言っていいくらい *教師や生徒から慕われた人物でした?告別講演から岸本が学んだもの ☆岸本は、成瀬がその恐怖に打ち克つことができたのは *自分が育て上げた日本女子大学があったからではと考えた ☆あらかじめ死を悟り、身の回りを整理し *別れを告げてゆくことができたら非常に立派なことだと思う *成瀬先生はそれをなさったのである ☆岸本には、死に対するもう一つの見方が展開した *死は大きな『別れ』の時 *別れた人間同士も、どこかで再会することがあるわけだ *そういう再会をも念頭に置いていたのだ *その場所は極楽浄土なのかどうかはわからないが ☆岸本の『死を見つめる心』が読み継がれているのも *死がすべての終わりというわけではない意味も込められているから *死はまた会えるかどうかわからないけれど、別れなければならない *日本人らしい余韻を残す言葉なのだ?「死への意識」晩年に熱中できるテーマがあるかどうかだ ☆岸本が葛藤の末 *「死は別れの時」の心境に行き着いた ☆岸本の生涯をたどると、最期まで死の恐怖に支配されていたようだ *岸本には、生涯をかけて追究する学問上のテーマはなかったようだ *テーマがあったら、命のある限りそれを調べ上げたでしょう ☆人間は何かに夢中になっている間は、死への恐怖など感じない *その世界に没頭しているときに死を想うことはない ☆コンサートで音楽を聴きながら、立ち上がって踊っているとき *死が怖いということもありません ☆岸本が晩年、本当に熱中できるテーマがあったら *死に直面してからの彼の歩みは違ったものになっていたのでは                        (敬称略)                                     ?知識の向上目指し、記事を参考に自分のノートとしてブログに記載?出典内容の共有、出典の購読、視聴に繋がればと思いブログで紹介 ☆記事内容ご指摘あれば、訂正・削除します?私の知識不足の為、記述に誤り不明点あると思います?投資は、自己責任、自己満足、自己判断で?詳細は、出典原書・記事・番組・画像でご確認ください?出典、『死に方の思想』宗教学者の到達点、 死は『大きな』別れのとき(ネットより画像引用)

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