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築地にマグロ塚を作る会「久保山愛吉忌平和集会」で大石又七さんと初めて遇いました 

2019年09月24日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



友人の川口重雄さん(防衛省市ヶ谷記念館を考える会共同代表)からのメールを転送します。
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9月23日(月)は快晴・強風、おまけに高温のなか、神奈川県三浦市三崎港のうらりマルシェで築地にマグロ塚を作る会主催「9・23久保山愛吉忌平和集会・三崎とビキニ事件」。
三崎港に近い諸磯の老人施設から大石又七さんもお出まし。築地にマグロ塚を作る会のメンバー12人と地元の方6人です。うらりマルシェという元三崎魚市場の商業施設直営のバーベキュー場で、肉・魚・野菜を焼きながら65年前のビキニ事件と三崎漁港について、地元の方のお話を聴きました。
小生は鍋奉行ならぬBBQの焼き手。暑さと熱さにすっかりやられて、BBQ後のお話の前の自己紹介の時には背中がBBQセットの炭の燃え残りで「カチカチ山」状態。お話に出てきた場所・寺を歩こうという「気力・体力」も萎えて、バス停三崎港から直帰。京浜急行車中で水1リットルのおいしかったこと。

大石さんの住まう三浦市諸磯の老人施設の場所には、戦前、海軍潜水学校があった。うらりマルシェで聴いたお話です。
その海軍潜水学校は、戦時下で海軍特攻兵器「伏龍」を操る少年特攻=潜水士を養成し、劣悪な酸素ボンベによる事故で多くの少年兵が命を落としました。長谷川順一さんは諸磯で訓練指導官をしていた一人に岩井忠正氏がいると、その著書『特攻』を上げました。諸磯にはこれまた海軍特攻兵器「震洋」の格納庫壕も多く残っています。
米軍の本州上陸作戦(ダンフォール作戦で、湘南海岸と九十九里浜を上陸地点とするコロネット作戦)の帝都防衛の陣地や壕が三浦半島のそこここに遺っています。そして大石さんのいる老人施設の場所は、戦後海軍潜水学校から「住吉丸」という地元船会社に払い下げられ、ビキニ事件の放射能を帯びたマグロなどの魚類のうち、海洋投棄されずに地中に埋められた場所の一つだという伝聞情報がある、と地元の方は言われました。
改めて三浦半島の戦争・戦後遺跡を歩いてみることの「意義」を感じました。
それでは。川口重雄拝
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被曝した第五福竜丸乗組員23人中16人が国立東京第一病院(現・国立国際医療研究センター)に、7人が東京大学付属病院に入院しました。
管理人の情報公開請求によって東大病院に二人のカルテがあることが明らかになりました。
写真は、医療センター資料展示室から



「築地にマグロ塚を作る会」代表大石又七さんと事務局長及川佐さん。管理人も会員になりました。







毎日新聞高知支局記者松原由佳さんが取材で参加されました。(右端)
ビキニ環礁で被曝した高知県のマグロ漁船乗組員と遺族が、国へ慰謝料請求訴訟をしています。



スケッチをするため準備をしましたが、強風のため諦めました。


久保山愛吉忌平和集会で、全国年金者組合三浦支部の森田さんから「三浦での久保山さんゆかりの拠点」と三浦市におけるビキニ事件と核兵器廃絶運動の説明がありました。日本共産党三浦市議会議員小林直樹さんと石橋むつみさんも参加され、補足説明をされました。



?=現在地・旧三崎魚市場
?=森本医院・久保山さんが出航前に健康診断を受けた医院(昭和28年1月30日)
?=事代漁業事務所・第7事代丸(のちの第5福竜丸)を所有していた会社
?=大洋漁業事務所・大手漁業会社 無線機バッテリーの交換(久保山さんが利用)
?=三崎電機・無線機の修理ほか(久保山さんが利用)
?=神奈川県漁業無線局・久保山さんが交信を交わした無線局

久保山さんが森本医院で受けた健康診断の記録が船員手帳に残されている。(第五福竜丸展示館所蔵)

《三浦市》サイトから



昭和29年3月1日、アメリカは太平洋のマーシャル諸島にあるビキニ環礁で水爆実験を行いました。
この実験によって、約160km離れたところにいたマグロ漁船の第五福竜丸が死の灰(大量の放射能を含んだサンゴ礁の細かいチリ)を浴び、この年の9月に乗組員が1人亡くなりました。
放射能の検出は第五福竜丸だけにとどまらず、その年の3月から12月まで日本政府の指示により、マーシャル諸島周辺海域を通過した漁船の放射能検査が行われた結果、連日大量の魚が廃棄処分されたという記録が残されています。放射能に汚染されたマグロは「原爆マグロ」と呼ばれ、その騒動は日本全国に波及しました。
この事件をきっかけとして核兵器の恐ろしさが広く知られ、全国で原水爆禁止運動の機運が高まり、原水爆禁止の署名運動が始まりました。この署名運動は原水爆禁止世界大会の開催へとつながり、翌年には、第一回原水爆禁止世界大会が広島市において開かれました。
日本は核兵器を「作らず、持たず、持ち込ませず」という非核三原則を堅持しています。核兵器を廃絶し、真の恒久平和を実現することは、世界で唯一の被爆国である日本の、そして人類普遍の願いであり、同時に私たちの責務でもあります。
ビキニ事件三浦の記録【三浦市における被爆の歴史がこの一冊に!】
漁業を基幹産業とする本市では、三崎港から出漁していたマグロ船が被爆し、多くの犠牲者が出たと言われています。
三崎魚市場では、3月17日から始まったマグロの魚体検査がこの年の12月まで毎日行われ、150隻を超えるマグロ船の5万貫を超える放射能被爆したマグロが、陸や海に処分されました。
ビキニ事件が三浦にもたらした被害、とりわけ、マグロ漁業の被害を後世に伝え、継続的な平和運動に役立てるため、ビキニ事件当時の新聞記事、関係者の話などを中心とした調査、取材の成果をまとめた「ビキニ事件三浦の記録」を平成8年に作成しています。
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森田さんから推奨された魚屋さんと寿司屋さん




(了)

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