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御霊(祟りの神を祀る) 

2019年07月12日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



物から仏まで、森羅万象の神様(御霊)(10)

 ☆平安時代、災いが続き、御霊信仰が興った
 ☆御霊信仰
 *恨みを残したまま亡くなった人の霊(御霊)が原因であるとの考え
 *その霊を慰め、鎮めようとした信仰
 ☆御霊の初期の例
 *平安京に都を移した桓武天皇の弟で、皇太子であった早良親王
 *早良親王は藤原種継暗殺事件に関わったとされ幽閉された
 *淡路に流されるが、その間に飲食を絶って亡くなった
 *その後桓武天皇の御子が病になる
 *親王の祟りであると恐れられた
 *「早良親王には崇道天皇」の号が追贈され、御霊として祀られる
 ☆天神さまとして知られる菅原道真
 *道真が太宰府に左遷され、その地で亡くなる
 *都では災いが立て続けに起こった
 *道真の霊を祀り、平穏を取り戻そうとした

御霊会が初めて行われた京都・神泉苑
 ☆都には疫病が蔓延し、これが御霊のしわざだと考えられた
 ☆神泉苑で、初めて御霊会が行われた
 ☆神泉苑は、現在東寺真言宗の寺
 ☆当初は、平安京大内裏に接して造営された禁苑(天皇専用の庭園)
病や飢饉から守護する上御霊・下御霊神社
 ☆疫病や自然災害は御霊が招くものと考えられていた
 *被害が起きないようにと御霊を祀ったのが御霊神社
 ☆上御霊神社は、神霊の祭祀を起源とする
 *天災を鎮める御霊祭も行われる
 ☆下御霊神社は、総勢8柱の御霊を祀る
 *伊予親王と母の霊を慰めるために、仁明天皇によって創建された
 *祭神は伊予親王、藤原吉子の2柱に崇道天皇らを加えた八所御霊
知識・意欲の向上目指し、記事を参考・引用し、自分のノートとしてブログに記載
出典内容の知識共有、出典の購読、視聴に繋がればと思いブログで紹介しました
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私の知識不足の為、記述に誤り不明点あると思います
詳細は、出典記事・番組・画像で確認ください
出典、『日本の神様図鑑』






御霊(祟りの神を祀る)
(『日本の神様図鑑』より画像引用)

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