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宗教史100(イスラム3帝国が、西南アジアを支配) 

2017年07月13日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



イスラームの3帝国が西南アジアを支配

イスラーム教徒の精神的支柱であったアツバース朝の滅亡
 ☆イスラーム教徒の心に深い傷を残した十字軍の遠征
 ☆チンギスの孫は、バグダードを攻め、アツバース朝を滅ばしてイル・ハン国を建国
 ☆東西文化の融合が進み、中央アジアのイスラーム化が促された
オスマン帝国(アルメニア、カシミール、バルカン半島)
 ☆オスマン家出身の君主を戴く多民族帝国
 ☆東ローマ帝国を滅ぼし、コンスタンティノポリスを征服し自らの首都とした
 ☆13世紀末に成立したオスマン帝国はスルタン(君主)による専制国家を築く
バルカン半島(キリスト教世界)
 ☆イスラーム教徒とともにギリシア正教徒なども存在する多宗教混在地域となる
インド(ヒンドゥー教徒世界)
 ☆ムガル帝国皇帝がヒンドゥー教徒との融和を図って大幅な自治を認めた
 ☆その後の皇帝がヒンドゥー教徒を弾圧したためヒンドゥー教徒の反乱がおこる
アルメニア(キリスト教世界)
イランでは、サファヴィー朝はシーア派を国教と定めたため、イランのシーア派化が進んだ
オスマン帝国は、異教徒に対し寛容な政策
 ☆人頭税を払うことで信仰の自由や自治権を与えるで「ミツレット制」を採用する
知識・意欲の向上目指し、記事を参考・引用し、自分のノートとしてブログに記載
記述に誤り不明点あると思います、詳細、出典記事・番組・画像等で確認ください
出典、『世界史(成美堂)』










オスマン帝国(『世界史(成美堂)』記事より画像引用)

イスラーム教徒の心に深い傷を残した十字軍の遠征
アッバース朝衰退後、イスラーム世界には分裂する
イスラム世界を襲った未曾有の侵略(十字軍遠征)
第1回十字軍では、エルサレム周辺のセルジューク朝やフアーティマ朝を撃破
 ☆十字軍は、エルサレム王国を建国した
十字軍は、遠征の途上にある村などで略奪と殺数をくり返しながら進軍
イスラーム教徒は、他宗教に寛容で、キリスト教徒を「啓典の民」とよんでいた
 ☆キリスト教徒に対する姿勢を改めるようになった

イスラーム教の東方伝播を推し進めたイル・ハン国
イスラーム世界は東方からも異教徒の侵入にさらされた
空前の世界帝国を築いたモンゴル
 ☆チンギス・ハンは、イランからアラル海に及ぶ地域を支配したホラズム朝を滅ぼした
チンギスの孫は、バグダードを攻め、アツバース朝を滅ばしてイル・ハン国を建国する
 ☆アツバース朝の滅亡はイスラーム世界全体に衝撃を与えた

新たな支配者となったモンゴル人
宗教に対してきわめて寛容であり、7代ハン(国王)は、イスラーム教に改宗した
モンゴル帝国のもとで特権商人や官僚として活躍するイスラーム教徒も多かった
イル・ハン国は、中国の元を宗主国とする帝国の一部であった
 ☆東西文化の融合が進み、中央アジアのイスラーム化が促された
中国にもイスラーム教が伝播した

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