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世界の宗教(仏教が民族対立へ) 

2016年12月20日 外部ブログ記事
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仏教が民族対立の引き金に

仏教が、民族対立、文化摩擦の一要因になっていることもある
仏教は、宗教や宗派間の覇権争い、大きな紛争は少ない
仏教国のいくつかで、異教の移民と仏教文化の先住民の間で武力対立に発展している
知識・意欲の向上目指し、記事を参考・引用し、自分のノートとしてブログに記載
記述に誤り不明点あると思います、詳細、出典記事・番組・画像等で確認ください
出典、『宗教史(成美堂出版)』他引用&参照
 ☆本には、綺麗な絵画が記載されています








仏教の民族対立(宗教史(成美堂出版)、ネットより画像引用)

スリランカの仏教
国民の大多数は、仏教徒のシンハラ人が占めている
タミル人は、南インドから移住してきた民族でヒンドゥー教徒です(紅茶プランテーションの労働力)
スリランカでは、仏教国強化で、ヒンドゥー教抑圧政策を敷いた
タミル人が暴動を起こすと、シンハラ系武装組織が報復テロを実行
タミル人組織「タミル・イーラム・解放の虎」が抵抗を深め分離独立を求めて自爆テロなどを起こしている

ブータンの仏教
宗教はチベット仏教を主とする
建設労働力としてヒンドゥー教徒のネパール人が大量流入し人口の3割を占める
ブータン政府は、ネパール人に市民権を与える
 ☆ゾンカ語の使用、ブータン服の着用義務づけなど、国家アイデンアィティー強化策を進める
これに反発してネパール系住民は、大規模な反政府デモを起こした
事態は沈静化したが、ネパール系住民が大量にネパールヘ流入した

チベットの仏教
グライ・ラマの転生者が、政治の最高指導者の地位を兼ねてきた
チベットは、清朝の皇帝をグライ・ラマの「施主」とみなし宗教的結びつきを強調
清朝は宗主権を主張し、チベツトに駐蔵大臣を置いた
辛亥革命後、チベットは独立を主張したが認められなかった
中国は、チベットに進軍し「平和解放に関する協定」を結んで中国の一部とした
中国は、チベット社会主義化政策を進め、仏教活動などの伝統文化を抑制した
グライ・ラマは、インドに亡命し亡命政府を建てた

中国の仏教
文化の資本主義化を批判して始まつた文化大革命は、封建文化をその温床とし宗教を弾圧
仏教の多くの寺院が破壊された

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