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宗教を知る8(十仁軍遠征、宗教改革) 

2016年09月23日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



聖地エルサレム奪回戦争と宗教改革

聖地エルサレム奪回が大義で、領土の侵略、財宝の略奪、市民の虐殺などの戦争でした?
カトリック教会への批判から生まれたプロテスタント派
カトリック教会から分かれた教派をまとめてプロテスタントとよびます
知識・意欲の向上目指し、記事を参考・引用し、自分のノートとしてブログに記載
本には、綺麗な絵画が記載されています
 ☆出典、『宗教史(成美堂出版)』詳細本で確認ください












宗教を知る(ネットより画像引用)

十字軍遠征の表向きの理由
大義は、キリスト教諸国による、イスラーム教徒からの聖地エルサレム奪還でした
ビザンツ(東ローマ)帝国は、イスラーム勢力により、占領されました
ビザンツ皇帝は、アレクシオスー世が、教皇ウルバヌス2世に救援を依頼しました
遠征は、約200年間、計7回行われました

エルサレムは、7世紀からイスラーム教徒が占拠
ウルバヌス2世は、聖地エルサレムをイスラーム教徒から奪回することを大義に掲げた
十字軍遠征は、第1回は十字軍の勝利で終わった
エルサレムを奪回出来たのは、第1回、第5回遠征での、計100年間のみです

カトリック教会への批判から生まれたプロテスタント
口火となったのは、ルターの「95ケ条の論題」です
カトリック教会のあり方に疑間をもっていたルター

教皇庁が乱発した「贖宥状」
「贖宥状」とは、罪の償いを軽減する証明書です
大量に「贖宥状」を販売して巨利を得るなど、教会は腐敗していた
ルターはこれをただすために、ドイツのヴイツアンベルク城教会の壁に「論議」を張り出した
ルターの考え
 ☆「人は信仰によってのみ救われる」とする
 ☆教皇や司教の権威を認めず、個人が聖書のみをよりどころに神を信仰する

カトリック教会へ反感
フランスのカルヴァンで、神の救済は予め決定されているとする「予定説」を唱えた
イギリスでカトリック教会に反旗
 ☆国王ヘンリ18世は、イギリス国教会をカトリック教会から分離独立させた
イギリスでは、ピューリタン革命やアメリカヘの移住などが起こった

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