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天皇と神社(8)伊勢神宮と大和神社 

2016年04月13日 外部ブログ記事
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崇神天皇の御代、飢饉が起き、世が乱れた

天皇は、天照大御神と日本大国魂大神を共に祀っているためだと解釈する
両神の力が互いに強すぎることが問題と考えた
天皇は、天皇は両神を宮殿の外に遷してそれぞれ別に祀ることにした
両神を外に遷しても、国の乱れは治まらなかった
同床共殿を解消しても何の解決にもならなかったのである
初心者にもわかる『天皇と神社』平成26年版参考&引用










天皇と神社(『天皇と神社』他ネットより引用

伊勢神宮の創建由来
天孫降臨の際、天照大御神は「この鏡を私と思い、同じ宮殿内で、床を同じくして奉祀しなさい」と伝えた
天孫たる天皇は代々、この神勅を守り、宝鏡を祀してきた
天皇は両神を宮殿の外に遷してそれぞれ別に祀ることにし、天照大御神は、伊勢に奉祀された

大和神社の創建の由来
日本大国魂神は、天照大御神とともに宮中で祀られていた
天皇は、両神を宮殿の外に遷してそれぞれ別に祀ることにし、日本大国魂神を大和神社に奉祀された
自身の子孫である市磯長尾市(ICHISHINAGAOCH)を斎主とし、大和神社を創建した
三輪山の大物主神の子孫に、大物主神を祀らせたことで国は安定した
戦艦大和の艦内には、奈良の大和神社の主祭神である日本大国魂大神が祀られていた
軍艦の名と大和神社の名が同じである縁からの分霊です

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