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大相撲考 

2016年01月16日 ナビトモブログ記事
テーマ:スポーツ

 津軽のシニアブロガー、わさおは、元々は大の大相撲好きである。テレビがなかった戦後間もなくの時代、ラジオの大相撲放送に大人も子どもも熱狂した。

 横綱栃錦と横綱若乃花との結びの一番に優勝がかかる。仕切り直しが続く中、ラジオの実況中継は、いやが上にも熱気に包まれていく。

 両者が立ち上がる。技の応酬。力相撲だ。実況中継は、騒然とした空気に包まれていく。勝負が決まる瞬間、ラジオの放送は聴き取れない。どっちが勝ったのか。視聴者は、手に汗を握ったままだ。

 横綱栃錦が勝てば勝ったで、拍手喝采。横綱若乃花が勝てば勝ったで、拍手喝采。毎場所がこんな状態であり、大相撲の勝負は、実に面白かった。

 横綱は、強く威厳がある。当然、品格は申し分ない。横綱は、国民から敬意を払われる存在であり続けた。ということを、横綱たる者は弁えている。当然のことだ。


 その後、テレビ放送が開始され、リアルタイムで観る大相撲放送に、随分一喜一憂したものだ。人生は、大相撲観戦と共にあったと言っても過言でない。

 しかし、近年は、大相撲は観なくなった。なぜか。それは、大相撲の取組が観るに値しないからである。

 振り返れば、貴乃花が横綱を張っていた辺りまでは、大相撲の試合ぶりに魅力はあった。が、その後は、観る気が薄れていく一方である。

 第一に、大相撲力士がデブばっかりだ。力士は、体が大きければいいというものではない。大型力士がいる中で、小兵力士、異能力士、技能力士が活躍するからこそ、大相撲は面白い。しかるに、デブばっかりだとなると、観飽きる。

 第二に、外国人力士が横綱を独占するようになって久しいが、彼らの言動からは、横綱の品位はどうなっちゃったのだろうと、疑問を持つことがしばしばである。

 第三に、日本人力士があまりにもふがいない。よくもまあ、ゴロゴロと負けるもんだ。大関の乱造、横綱の乱造という日本相撲協会の無定見さが一つの要因である。


 かくして、大相撲のテレビ観戦をしなくなってから、もう何年にもなる。

 横綱栃錦、横綱若乃花、横綱大鵬、横綱北の湖、横綱貴乃花。みんな、強く品格に満ち満ちていた。大相撲は、本来、単なるスポーツではない。それは、日本文化そのものである。彼らは、日本文化の体現者であり、その証左は、横綱の品格である。

 しかし、今の大相撲は、単なるスポーツの一つだ。日本文化の体現とか、横綱の品格とかは、死語になってしまっている。

 願わくは、日本文化を体現する大相撲、品格あふれる横綱を、もう一度観せてほしい。




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