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平成の虚無僧一路の日記

カラオケで「軍歌」が流行の兆し? 

2012年12月10日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



忘年会シーズン。私もこのところ宴会つづき。そしてカラオケ。
我々の世代は、昭和60年〜70年代のなつメロ歌謡曲が多い。
その中で、最近よく歌われるのが「異国の丘」「麦と兵隊」
そして「戦友」「同期の桜」。まるで「右翼団体」か
「戦友会」だ。

外人が聞くと「コレガ軍歌デスカ?」と怪訝な顔をするという。
ちっとも勇ましくない。むしろ、哀愁帯びた「厭戦歌」だ。

『戦友』

 ここはお国を何百里
 はなれて遠き満州の
 赤い夕日に照らされて
 友は野末の石の下

 思えば悲し昨日まで
 まっさき駈けて突進し
 敵をさんざん懲らしたる
 勇士はここに眠れるか

 ああ戦いの最中に
 となりにおりし我が友が
 にわかにはたと倒れしを
 我は思わず駈け寄りて

 軍律きびしき中なれど
 これが見捨てておかりょうか
 「しっかりせよ」と抱き起こし
 仮包帯も弾の中


(軍律を犯していいのだろうか)


『麦と兵隊』
 徐州徐州と人馬は進む
 徐州いよいか住みよいか
 しゃれた文句に振り返えりゃ
 お国訛りのおけさ節
 髭が微笑む麦畑

 戦友(とも)を背にして道なき道を
 行けば戦野は夜の雨
 済まぬ済まぬを背中に聞けば
 馬鹿をいうなとまた進む
 兵の歩みの頼もしさ


この歌は、当初「ああ生きていた 生きていた
生きていましたお母さん・・・」という歌詞だったのが、
さすが 軍隊から横槍がはいって、訂正させられた
とのこと。

この2曲は「軍歌」ではなく「戦時歌謡」だそうです。
そして『異国の歌』。これはもう戦後のヒット曲。
ただただ泣けます。


ところで、兵隊さんたちは こんな歌も歌ってました。

『軍隊小唄』

♪いやじゃありませんか 軍隊は
 カネのお椀に 竹の箸
 仏様でも あるまいし
 一膳メシとは 情けなや


『初年兵哀歌』または『可愛いスーチャン』

♪お国のためとは 言いながら
 人のいやがる 軍隊に
 召されて征く身の 哀れさよ
 かわいいスーちゃんと 泣き別れ


『海軍小唄』「ズンドコ節」

 汽車の窓から手をにぎり
 送ってくれた人よりも
 ホームの蔭で泣いていた
 可愛いあの娘が忘れられぬ
 トコズンドコ ズンドコ

こんな歌を陽気に歌って、気を紛らわせていた切なさが
瞼に浮かびます。そして『岸壁の母』。舞鶴港に引き揚げ船が
付いたニュース映画を私は見た記憶があります。

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