映画『キネマの神様』で考える「〇〇のない生き方」とは?
掲載日:2022年01月10日

映画『キネマの神様』で考える「〇〇のない生き方」とは?

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山田洋次監督の『キネマの神様』、もうご覧になっていますよね?皆さんが既にご覧になっているのを前提に、私の心に引っかかっている“ゴウちゃん問題”について語らせていただこうと思います。

映画をめぐる3世代の親子の物語。昭和40年代の松竹撮影所で、ゴウちゃんこと円山郷直(菅田将暉)は、ベテラン監督の出水宏(リリー・フランキー)についてスター女優、桂園子(北川景子)の主演映画などの助監督を務めながら、監督になる機会をうかがっています。映画への愛は十分ながら不器用な彼を支えるのは、友人ですぐれた審美眼を持つ映写技師のテラシン(野田洋次郎)、撮影所前の食堂「ふな喜」の看板娘、淑子(永野芽郁)。ピークを少し過ぎたとはいえ、まだまだ撮影所に活気のあった時代を描いています。

ここからはネタバレありです!
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映画『キネマの神様』で考える「〇〇のない生き方」とは?

“ゴウちゃん問題”とは?

私が引っかかっているのは、初監督作品をしくじったゴウちゃんが松竹撮影所を辞めてしまうこと。志した仕事を道半ばで諦めるなんて、かなり勇気がいると思いませんか。監督デビューを目前にしていたというのは、それで糊口をしのげるようになり始めていたということ。「それなのに?」と納得がいきません。

以前、『カツベン!』(2019)のパンフレットのために周防正行監督と対談していただいたとき、昭和30年代に松竹に入社した山田監督は、助監督時代の撮影所の人々が「小道具さんも大道具さんも全員が正社員。みんな一生この撮影所で頑張ろうと思っていた」とおっしゃっていたのでなおのことです。

ゴウが撮影所を辞め、約50年の時間が流れます。映画では、名画座「テアトル銀幕」のオーナーとなったテラシン(小林稔侍)との友情が続いている以外、その間のことは描かれません。もうすでにリタイアして第二の人生を歩んでいるゴウ(沢田研二)は、あれ以降、妻となった淑子(宮本信子)に苦労をかけっぱなし。借金の返済もすまないのにギャンブルに使う金をせびるゴウが、娘の歩(寺島しのぶ)から“いっそ帰ってこないでほしい”と思われてしまうのも同情の余地はないと思えてしまいます。
“ゴウちゃん問題”とは?

なぜゴウは映画監督になるのを諦めてしまったのか?

これからお話することはあくまで筆者の私見です。それは寅さんがあこがれの相手と所帯を持たなかったのと同じで、ゴウは映画の仕事を大切に思うからこそあくまで“夢の世界”にとどめておこうと思ったのではないでしょうか?

映画監督として夢の世界を映像として描くのではなく、完成した映画の創造世界を観客として共有するという夢を選ぼうとしたというか。ゴウの映画監督になるという夢は寅さんにおけるマドンナ。“高嶺の花”の世界を乱さずにおこうとしたのではないでしょうか。

そこには山田監督のもう一つの人生、パラレルワールド的な物語も関係しているのかもしれません。以前、「いろんな監督についてその仕事ぶりを見ているうちに、ああ、オレはとても監督には向かない、という気持ちが強くなっていました」(「映画館がはねて」講談社)と書かれていた山田監督。スタッフや俳優を大声で叱りつけ、企画を通すために政治的な駆け引きをし、スタッフを引き連れて大酒を飲んでまわる海千山千のつわもの監督を目の当たりにしているうちに、“監督は無理かも”と思ったのだそうです。

確かに『キネマの神様』には出水宏という百戦錬磨の名匠が登場します。名前から、『有りがたうさん』(1936)、『按摩と女』(1938)、『小原庄助さん』(1949)などで知られる清水宏監督を思わせる出水監督。出水監督についたゴウは、出水監督の映画監督としての求心力や、ラッシュでは一見平凡に見えるのにつないでみるとまるでカットとカットの間に“映画の神様”が宿ったかのように素晴らしい作品になる力量を見て、自分は及ばないと勝手に諦めてしまったのかもしれません。
なぜゴウは映画監督になるのを諦めてしまったのか?

夢に期限はありません!

ゴウのように若い頃に見た夢を諦め、今の生活を選んだ。そんな経験をお持ちの方はきっと少なからずいらっしゃると思います。どんな夢をどんな形で見るかを決めるのは、自分自身。どちらを選んでも正解だと思います。生み出す側で見る夢も、受け止める側で見る夢も、イーブンだと思うので。ただし寅さんと違い、家庭を持つことを選んだゴウの羽目の外し方は、ちょっとやりすぎだったかもしれませんが。

誰もが秘めるそんな夢は、心の奥にある創造力を刺激する原動力。いつ発動してもいいのだと、山田監督はこの映画を通して、ゴウに、そして私たちにエールを贈ろうとしたのかなと考えました。

ゴウは長い紆余曲折の時期を経て、孫の勇太(前田旺志郎)とともに自分が向かうべきところにたどり着きます。撮影所を辞めたゴウの押しかけ女房になろうと一世一代の決心をする淑子に、女優の園子はこう言います。「一緒になったら後悔する。だけど一緒にならなくても後悔する。どっちの後悔を選ぶかよ」と。やるか、やらないか。どちらにしても後悔するなら、やったほうがいい。そしてそれをいつ始めるか、時間は関係ないのかもしれません。その結果は、実行した人のみが知ること。本当にやろうと思う気持ちと、少しの才能が決めてくれるでしょう。

人生100年時代。心残りのない生き方を!山田監督のそんなエールが聞こえそうです。
夢に期限はありません!

関口裕子 プロフィール

「キネマ旬報」、エンタテインメント業界紙VARIETYの日本版「バラエティ・ジャパン」編集長を経て、フリーランスに。執筆、編集、コンサルタントとして活動中。趣味は、歴史散歩。

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